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【特別インタビュー】なぜ米国はベネズエラを攻撃したのか?―背景としての「ボリーバル革命」を知る―

  • 2月25日
  • 読了時間: 33分

2026年は米国によるベネズエラ攻撃と現職大統領夫妻の連行というショッキングなニュースから始まったといえます。ここメキシコだけではなく、日本においても大々的に報じられました。それがロシアのウクライナ侵攻や、台湾有事を正当化するものになりかねないとの論調がそこでは見受けられた様に思います。メキシコも2月22日に米軍の協力を得たメキシコ政府が麻薬問題の中心人物であるハリスコ新世代カルテルの首謀者を殺害しており、もはや他人事には思えません。


世界最大の石油埋蔵量を誇るベネズエラ。ミスユニバースや野球、ボクシング、珈琲等が同国の漠然としたイメージではないでしょうか?今回、MEXITOWNでは、在ベネズエラ日本大使館に駐在勤務経験があり、京都外国語大学ラテンアメリカ研究センター客員研究員も務める林和宏さんをお招きし、この攻撃の背景や四半世紀に渡り米国と激しい対立を続けてきた「ボリーバル革命」とは何かについてお聞きしようと思います。(聞き手:MEXITOWN・編集長)



―――メキシコにおいてもベネズエラ・コミュニティが拡大していると聞きます。メキシコで触れるベネズエラをどのように見ますか?


新年早々世界中のメディアを賑わすこととなったトランプ米国政権によるベネズエラ攻撃とマドゥロ大統領及びそのパートナーであるシリア・フローレス元国会議長の米国連行。本日はそこから1か月経過した2026年2月4日です。偶然ですが、2月4日というのはベネズエラ政治史を語るにあたって必ず参照される記念日ともいえる一日です。1992年2月4日、マドゥロの前任にあたり、のちにベネズエラにおける「二一世紀の社会主義」導入を宣言したウゴ・チャベス陸軍中佐が未遂に終わるクーデターを通じて政治の表舞台に登場しました。国連総会の場でブッシュ元米国大統領を「悪魔」と呼び、スペインによるラテンアメリカの植民地支配につき謝罪を要求し、反米/反帝国主義のアイコンとして語られることとなるチャベス大統領がメディアを通じてベネズエラ政治改革の象徴として登場したその日なのです。


多くのメキシコ在住の皆さんにとってベネズエラと言われてもピンとこないかも知れませんが、実はベネズエラの政情悪化もあり、ラテンアメリカの多くの国に800万人とも言われる亡命者が散らばっています。市民団体「メキシコにおけるベネズエラ人(Venemex)」代表の発言を引きながら、本年1月6日のEl Economista紙が報じていますが、メキシコには約11万人のベネズエラ人が居住しており、その8割が経済的に極めて脆弱な状態にあるとの事です。


ふと目を凝らすとメキシコ・シティ中心地区のメトロ周辺にはアレパなどベネズエラ料理を提供する屋台が無数にあり、ポランコにある移民局手続きで気づかずベネズエラ人専用の列に並んでいたという日本人の知人もいるくらいです。「Sを食べる」と呼ばれる独特のカリブ海スペイン語を聞いたらおそらくその大半がベネズエラの方ではないかと私は思ってしまいます。飴玉等を買ってくれと近づいてくる彼/女らのアクセントを聞くなり、なるべくお話を聞くようにしています。また残念な事ですが、こうした移民・難民の流入に伴い、米国がマドゥロ大統領の関与を指摘している「トレン・デ・アラグア」といったベネズエラ由来の犯罪組織がメキシコ・シティを中心に組織を拡大していると盛んに報じられています。


メキシコ・シティで散見されるベネズエラ料理の屋台(林和宏撮影)
メキシコ・シティで散見されるベネズエラ料理の屋台(林和宏撮影)

―――ご自身とベネズエラとの関係を教えてください。


 私は2005年9月から2008年8月のきっかり3年間、外務省専門調査員として在ベネズエラ日本大使館(政務班)に勤務し、同国の政治経済動向のリサーチに従事しつつ、その情報の裏を取るべく現地有識者等との人脈構築等にも精を出していました。本件につき語る際、日本のメディアでも必ず言及される「世界一の原油埋蔵量を誇る資源大国」のベネズエラですが、天井知らずに上昇する原油価格を背景に時のチャベス大統領が「二一世紀の社会主義」を宣言するのが、私がベネズエラに赴任した2005年だと言われています。その後同地在勤中に現在のベネズエラ政治について語る際のキーワードとなる、統一社会主義党(PSUV)、憲法改正(連続再選)、戦略部門の国有化、農地改革、地域住民委員会、メディア統制(RCTV局とのコンセッション契約停止)、米州ボリーバル代替構想(ALBA)、南米左派のTV局「TeleSur」等といった実験が次々と打ち出されていったのです。国旗の星が一つ追加され、右方向に駆けていた馬が左に向きとなったのも私の在任中です。左派ならでは(笑)。あらあら懐かしい、というタームが日本のメディアを通じて報じられるとなんだか当時のベネズエラにタイムトリップしたような気持になります。


 実はこういった既視感はこの物語の登場人物にも感じるのです。マドゥロ代行として登場したデルシー・ロドリゲス暫定大統領とはカラカス市内の日本食レストランで食事をした事がありますし、野党側を代表するノーベル平和賞受賞者であるマリア・コリナ・マチャド女史とは彼女が主宰していたNGO団体の小さな集会でご一緒したことがあります。本件を理解するには1999年のチャベス政権発足から27年にも及んでいる革命(政権)そのものを理解する必要があると考えます。マドゥロは石油価格下落や米国による経済封鎖などを背景とする経済悪化や2015年国会議員選挙での大敗等、背景となる文脈こそ異なれ、基本的にはチャベス政策の急進化という地点に立っていたからです。トランプ米国政権によるベネズエラ攻撃、マドゥロ連行というインシデントを通じて、この世界有数の資源国で何が起きているのか概観してみたいと思います。そして最後にこれらがメキシコにとって意味するところについても考察できればと考えております。


ベネズエラ攻撃に関する映画の告知(林和宏撮影)
ベネズエラ攻撃に関する映画の告知(林和宏撮影)

―――単刀直入ですが、米国によるベネズエラ攻撃の契機とは?


 2026年1月3日未明、ベネズエラ各地で米軍攻撃による火の手が上がり、矢継ぎ早にマドゥロとフローレスが米国ニューヨークに連行された旨報じられました。これを受けてフロリダの私邸で記者会見したトランプ大統領は、「米国がベネズエラを運営し、適切な政権移行が実現する」と述べるとともに、ベネズエラの石油開発に米国企業が参入すると発表しました。米国政府は、国際法や国連憲章違反が議論されるこの侵攻の大義名分を麻薬対策と説明しています。或いはそもそもー反政府勢力や一部国際社会が指摘するー選挙不正により就任したマドゥロを正当な大統領とみなさず、今回の攻撃を擁護する向きも見受けます。


いずれにせよ、ナルコ国家となったベネズエラが米国向けの麻薬の経由地となっており、それを擁護しているのがマドゥロ大統領である、との論調が公式なものでしょうか。同時にそこでは革命政権の急進化、つまり社会主義化の過程における戦略部門国有化プロセスでベネズエラ石油産業に投資していた米国石油企業が「盗まれた石油」を取り返す事と解釈する論調もあります。つまり米系企業資産接収への仕返しです。後でお話しますが理由は、極端な話、何でもよいのでしょう。反共にはじまり米国に都合の悪いラテンアメリカの政権転覆には長い歴史があります。 


マドゥロは「麻薬テロ、コカイン輸入への共謀、機関銃や破壊兵器の所持」等4つの罪状により米国内で起訴されましたが、無罪を主張するとともに、自身が米国に「誘拐された」と糾弾しました。これには前兆とも言える動きがあります。昨年9月よりトランプ大統領はベネズエラを出入りする石油タンカーを「麻薬密輸船」として攻撃、拿捕しており、12月に入ってこれら全てを制裁対象とするとしていました。これを書いている最中にもそうした攻撃は続いており、「麻薬密輸船」絡みの死者も130人程に膨らんでいると報じられています。


実はこのベネズエラ攻撃のニュースを私は、1月4日早朝グアナファト州からメキシコ・シティへ移動中の高速バス内の乗客夫婦がでかい声で話していたのを聞き知りました。あるいはメキシコ国民も「他人事ちゃうんねん」と本件を捕捉したのかもしれません。カリブ海に臨むマイケティア国際空港から突き抜けるような碧い空を眺めながら、風光明媚なアビラ山を潜り抜けてたどり着く首都カラカスは、珈琲の香ばしい香りのする、美人で知られた、陽気なラテンの街として語られますが、同時に私が駐在勤務していた頃から治安については必ずしも褒められたものではありませんでした。SNSに挙げられたショート動画の中で治安状況につき問われたカラカス市民が、「いやあ、大統領まで誘拐されちゃう国だからねえ」とげらげら笑っていたのを観た時は流石にずっこけましたが。


メキシコ・シティに到着して早速購入したLa Jornada紙(1月4日付)は一面にトランプとマドゥロの写真とともに「トランプは世界に宣言する:西半球は我々が支配する(Trump al mundo:“dominamos Occidente”)」とでかでかと掲載していました。そこには「マドゥロ誘拐を通じてトランプは「誰も我々の権力を疑わない」と述べた」と付記されていました。「西半球」を「力」でもってねじ伏せ、支配する。こんな記事を読むと私の様なラテンアメリカ研究者の端くれが必ず思い出すのが「モンロー主義」という言葉です。いえ、皆さんの脳裏によぎった米国の「金髪美女」の事ではありませんよ。


―――モンロー主義とはどのような考えなのでしょうか?


 今のご時世Wikipediaは侮れません。「モンロー主義(Monroe Doctrine)」でググってみてください。すぐに出てきます。「アメリカ合衆国がヨーロッパ諸国に対して、南北アメリカ大陸とヨーロッパ大陸間の相互不干渉を提唱したことを指す」。第5代アメリカ合衆国大統領ジェームズ・モンローが1823年の年次教書演説で発表したのでモンロー主義/宣言などと呼ばれている様です。何よりもここでのポイントは「アメリカ合衆国による西半球(主にラテンアメリカ)への介入主義的な姿勢に対して用いられることもある」との解説です。


さて、ここから深めてベネズエラにもっていくのが私の腕の見せ所、なんて思っていたら既にWikipediaはトランプ政権以降に蘇った現代のモンロー主義について敷衍しています。第一次政権(2017年1月~2021年1月)でトランプはすでに西半球における外国の干渉を拒絶すると明言しており、時のボルトン大統領補佐官はモンロー主義の理念の下、米国が公然とラテンアメリカ諸国に介入する旨宣言している様です。ベネズエラ攻撃やグリーンランド買収、カナダを米国の51番目の州とする、あるいは麻薬対策でメキシコへ地上戦を仕掛ける、といった一連のトランプの言動がこのネオ・モンロー主義の一部と考察されているのです。最近のメディアではこの「二一世紀のモンロー主義」をドナルド・トランプの「ド」を採って「ドンロー主義」なんて報じています。


要は米国の国益を最優先とする西半球における地域覇権の確立、中国・ロシア排除の事であり、それが麻薬対策や資源確保等を名目に実行される事を含意しています。当然、モンロー大統領当時とは文脈が違います。二一世紀の西半球における米国にとっての脅威はもはや欧州諸国ではなく、「一帯一路」でその影響力を拡大させている中国に他なりません。小国でも国連においては同じ一票。外交関係について言及しますと、パナマ(2017年)を皮切りに、2018年にはエルサルバドル、ドミニカ共和国、2021年にはニカラグア、2023年にはホンジュラスが台湾と断交し、中国と国交を樹立しています。南米で唯一台湾を承認しているのはパラグアイだけとなり、中米・カリブでもグアテマラ、ベリーズ、ハイチ等6か国となっています。


 域内を代表する資源大国であるベネズエラへの中国の進出は革命政権成立後から着々と進み、原油出荷を担保とした融資は約600億ドル(約9兆円)で、その3分の1にも達する債権がマドゥロの拘束により焦げ付くのではないかとも報じられています。思い返してみると、私の妻も早くも2005年とか2006年位には現地でファーウェイ(Huawei)のガラケーを使っていましたが、「この会社名、なんて読むんだろう?」、「品質大丈夫かよ?」なんて話していました。まあ、単に我々が知らないだけだったのかもしれませんが、いずれにしてもベネズエラへの中国進出は間違いなくこの革命政権の存在故にとりわけ早かったのだと思います。例えば、カリブ海に浮かぶベネズエラ領の美しい観光地マルガリータ島は、同じくベネズエラの同盟国であるロシアの著名な保養地としても知られています。


―――「米国がベネズエラに石油を盗まれた」とのお話が出ました。米国の苛立ちは根深そうですね。そもそもなぜ「革命」がベネズエラに登場したのでしょうか?


 ドンロー主義は西半球全体を対象にしていると書きましたが、ベネズエラ攻撃に至る理由があるはずです。なんでアルゼンチンじゃなくて、エルサルバドルではなくて、ベネズエラだけが攻撃されるの?という理由が。過去にも米国は反共を旨とするチリ・クーデター(1973年)、グアテマラの十月革命(1954年)、ニカラグアにおけるサンディニスタ革命政権成立(1979年)に対する反革命勢力(コントラ)支援、或いはノリエガ大統領の麻薬密輸等を理由としたパナマ侵攻(1989年)、など内政干渉を繰り返してきています。


ではチャベスの大統領就任以降27年間、ベネズエラの何が米国をイラつかせてきたのかというところが重要です。「反米左派」のベネズエラというレッテルはいつから定着したのでしょうか?政治的自由のはく奪やハイパーインフレ、それらに起因する800万ともいえる難民という現状が報じられる現在のベネズエラのイメージからすると信じがたい事のように思われますが、同国は1958年1月の民主化以降、ラテンアメリカ域内でも最も経済的に裕福で、政治的にも二大政党制に依拠した「例外的に安定した民主主義」を維持した資源国として知られています。同じ時期ラテンアメリカの多くの国々がクーデターや権威主義的な軍政下での人権侵害等を経験していたのです。80年代の対外債務危機に直面するまでベネズエラには「週末を米国マイアミでショッピングをして過ごす」厚い中産階級が堆積し、域内屈指の教育、医療水準や社会・経済インフラの整備が進んでいきました。


しかし80年代になると石油価格の低下からベネズエラには債務問題が発生します。70年代、ラテンアメリカのサウジアラビアとさえ称されたベネズエラ経済絶頂期に莫大なオイルマネーの分配によって圧倒的な支持を得たカルロス・アンドレス・ペレスの第二次政権が1989年2月に発足しました。その彼が公約に反して緊縮財政を旨とする新自由主義的経済政策を導入すると困窮化した庶民が爆発したのです。それが1989年2月27日に発生し、ベネズエラ全土に拡散した「カラカス大暴動/カラカッソ(El Caracazo)」です。首都カラカスを包囲する様に存在するバリオ(barrio)やランチョ(rancho)と名指される貧困者居住区の住民が、公共バス料金の値上げに端を発する暴動を起こし、貧困者居住区の所在する丘陵部からカラカス中心部目掛けて駆け下りてきた日としてその日は記憶されています。そこで商店の略奪等に走った群衆に対して国軍や警察を送り弾圧を命じたのもまたペレス大統領でした。


メキシコ・シティ近郊の低所得者居住区。ベネズエラの「ランチョ」はレンガ色(林和宏撮影)
メキシコ・シティ近郊の低所得者居住区。ベネズエラの「ランチョ」はレンガ色(林和宏撮影)

 宗主国であるスペインから南米を解放したとされる英雄シモン・ボリーバルの名を冠した「ボリーバル革命」を掲げ、既存の民主主義を「民主化」しようと主張したチャベス陸軍中佐(当時)はこのカラカス大暴動を革命の起源であると捉えています。その理由は何だと思いますか?これこそが米国をムカつかせるポイントなんです。貧苦に喘ぐMob。チャベスにとってそれは二大政党に支配された代表制民主主義の失敗であり、新自由主義こそがそうした低所得者層を更なる貧困へと追い込んでいったのです。


公共料金やら、ガソリンやら、基礎食糧やらへの補助金をカットしたらそりゃ貧しい人達は怒るだろう。競争原理の導入って言われても、経済的・文化的資本を欠く低所得者層がカラカス中心部の教養あるエリートに勝てるわけがない。規制緩和でパパママ商店の隣にいきなりWal-Martが建ったら、みんなそっちに行ってしまうだろう?デフォルメしていますが、こんなような事をチャベスは考えた訳です。多分。ベネズエラ出身で、シカゴ大学において文化人類学を講じていたフェルナンド・コロニルは、野卑な存在として描かれ、社会的に排除されてきた貧しい人々がランチョの坂を駆け下りて、首都の教養あるエリートに迫った日が「カラカッソ」であったと記述しています。


―――反自由民主主義や反自由貿易を掲げるボリーバル革命、なんだか「自由」を体現する米国が嫌がりそうですね?


 「マイアミ・コンセンサス」という言葉があります。文字通りマイアミで得られた合意という事になりますが、そこで何があったのでしょうか。1994年12月にマイアミで米州機構(OAS)主導により開催された第一回米州首脳会議において米州を統治するのは「自由民主主義」と「自由貿易」であると合意されたのです。米国の考える米州統治の原則はこの二つなのです。そう、チャベスと真逆の提案ですよね。思い返してみるとその1994年1月にはメキシコを含む「北米自由貿易協定(NAFTA)」が発効し、それに対抗する形でメキシコ南部チアパス州において「サパティスタ民族解放戦線(EZLN)」が蜂起しています。この辺になると自動車産業関税実務に忙殺されている企業の皆さんは「はい、はい」と頷かれるのではないでしょうか。「あのトランプさんが作ったUSMCA(米国・メキシコ・カナダ協定:スペイン語ではT-MEC)の前身の奴ね」と。


無関税で―例えば―米国産の安価なトウモロコシがメキシコに入ってきたら農民や先住民にとり死刑宣告に等しいとEZLNは立ち上がったのです。その背景には1992年に域内各地で開催されたコロンブスによる新大陸発見/征服500年を契機に議論が再燃した、征服された側の先住民意識の再認識があった事は間違いないでしょう。メキシコ初の女性大統領であるクラウディア・シェインバウムが国家主権の尊重や内政干渉への反対を表明し、チャベスがボリーバルの名前を持ち出してスペインなり、米国なりといった「帝国」に反発するのにはこうした背景があります。


こうした米州における政治的環境もあり、米州首脳会議は回を重ねるごとに紛糾します。反グロバリーズムや反自由貿易というイシューが更にはベネズエラ、ニカラグア、キューバといった非民主的・独裁国家の排除に至り政治化します。2022年のロスアンゼルス会議においては排他的な米国政府の姿勢に反発したシェインバウムの前任であるメキシコAMLO(アムロ)大統領も不参加を表明しています。ベネズエラのボリーバル革命政権も文字通り、米国が自由民主主義と自由貿易の「敵」とみなすラテンアメリカの国々とタッグを組んで参加型民主主義や「二一世紀の社会主義」といった代替案を提起していきます。


米国主導の米州共同体(=OAS)や開発思想に反対する新たな共同性をわかりやすく象徴するのが「米州ボリーバル代替構想(ALBA)」という共同体です。チャベスとフィデル・カストロ・キューバ国家評議会議長が2004年末に創設を発表していますが、まさしくマイアミ・コンセンサスが言う「ALCA(米州自由貿易地域)」に―語呂合わせだけではなく―対抗しているのです。


2004年末チャベスは中国を訪問していますが、この頃から2005年初頭にかけてベネズエラの「社会主義化」を語るようになったとインタビューしたある与党国会議員は述べていました。各国毎の比較優位を活かした物々交換に基づく経済圏をラテンアメリカ諸国で広げていこうというアイデアです。例えばベネエラの石油、ボリビアのガス、キューバの医療・教育などなど。南米をぶち抜くガスパイプライン構想なんてものも提案されていました。今年1月3日未明のマドゥロ拘束にあたり100人を超える死者が出たと報じられていますが、その中に警備やインテリジェンスにかかわる多くのキューバ人がいた事が知られています。その背景にはこうした人的交流があるのです。


―――世界最大の石油埋蔵量を誇るベネズエラの政治文化と資源について教えてください


 もともとベネズエラには泉の様に湧いてくる石油という資源を、時の為政者が効率的に分配する事により統治を行うという文化がありました。石油と政治文化に関する学術文献も本当に山ほどあります。ベネズエラ在勤中に同国最高学府であるベネズエラ中央大学(UCV)の学生さんにアルバイトでコピーをお願いしていた「石油」をタイトルに冠した書籍・論文が実家に大量に保管してあります。台風で物置が吹っ飛びそうになって以降、実家の母が「おもし」として勝手に使っている様です。因みにメキシコの石油産業に関する文献も現状「おもし」として活用されています。


石油と言えば、1958年の民主化に貢献し、後に大統領となる民主行動党(AD)のロムロ・ベタンクール(在位:1945~1948、1959~1964年)は、二十世紀初頭に開始された石油生産とともにベネズエラに続々と到着し、優遇条件で石油開発・生産を行ってきた欧米の石油メジャーに対して高い課税を賦課することにより得られる利益を国家が貧困やその他セクターの経済開発に振り分けることを念頭に置いていました。「国民の富」としての石油を国民に分配するという国家の役割、そして外資系石油企業からその財源を徴収するという事実は、ベネズエラにおける資源ナショナリズムの醸成へと結びついていくのです。


 そうした中で、上で触れたようなカラカス大暴動を誘発するようなベネズエラの貧困化と格差拡大は民主化以降、政権をたらいまわしにしてきたADとキリスト教社会党(COPEI)という二大政党が汚職や身内びいき(ネポティズム)により適切に分配しなくなったという国民の意識につながっていきます。80年代の債務危機によりこれは顕在化していきますが、「不労所得」に慣れた国民の怒りは「敵」であるエリートとしての二大政党に向けられます。こうした政治不信を自らの革命運動の滋養としたのが他でもないチャベスだったのです。そこで使われた言い回しが、新自由主義の権化である国際金融機関がカラカスの金持ちと結託して、罪なき「人民(pueblo)」を搾取しているというものでした。


ポピュリズムという曖昧模糊とした政治現象を解説する教科書にいの一番に登場する稀代のポピュリスト・チャベスですが、ポピュリストの特徴としてカリスマあふれる政治指導者が敵/味方のロジックに基づき、代表制度から排除されてきたと感じる善き人々の救済者として登場し、悪を体現する「敵」を攻撃するところが共通しています。左右両極端のチャベスとトランプという二人のポピュリストを比較する文献も多く存在します。チャベスにとっての「敵」が政党や米国だったのに対して、トランプにとってのそれは米国の純粋な文化を侵犯する移民だったり、麻薬であったり、USMCA/メキシコを悪用/迂回して流入する中国製品であったりするのです。 


―――チャベスが米国から敵視されるようになった理由が気になりますね。


米国から「石油を盗んだベネズエラ」と先に触れましたが、まさしく私が現地にいた2007年にコノコフィリップスやエクソンという米系石油スーパー・メジャーは時のチャベス政権から資産を接収され、撤退しています。トランプがベネズエラ石油産業を米国メジャーが立て直すと号令をかけつつ、石油企業側の腰が重いのもそうした過去があるからでしょう。いずれにしてもこの「接収」への怒りや憎悪がトランプのベネズエラ攻撃の原動力となっているのでしょうか。


余談ですが、当時の「二一世紀の社会主義」という言説空間において、この石油に似た事象は多く見受けられました。国立土地院(INTI)が「ラティフンディオ」と呼ばれるこの地域に特有の大土地所有制度の廃止を主張し、農地改革を開始しました。また、「遊休地」と解釈された都市のビル建物が政権支持者とみられる貧困層に占拠され、所有権が主張されるなどの事象がこの頃頻繁に報じられました。スクワッターってやつでしょうか?搾取する悪しき「エリート」と排除された善き「人民」という二項対立を作り上げ、後者の代弁者としての自己呈示を行うのがポピュリストなのです。声のでかい、カリスマあふれる政治指導者がばらまきを通じてフォロワーを引き寄せるというイメージが強いポピュリズムですが、ラテンアメリカには倹約を旨とする?新自由主義を掲げたポピュリストもいます。


 もう一つ、ALBAというキューバ・ベネズエラを中心とする反米同盟とあわせて二一世紀の社会主義を理解する上で重要なのが「社会ミッション」という社会開発プログラムです。大統領就任翌年の2000年にチャベスは大統領授権法という―早い話が―国会審議を経ずに大統領が色々な法律を作ることができるルールを定めました。チャベス政権で3回、マドゥロ政権で2回それらは利用されています。これに基づき様々な法律が成立しましたが、特に新しい炭化水素法(2001年)は石油産業/石油公社(PDVSA)への国家の関与を強化し、外国企業の参加を規制するもので、経団連や労組も含めた大々的なゼネストへと発展し、やがてチャベスが数日大統領を「辞任」するという2002年4月のクーデターにまで発展していきます。石油ゼネスト、電力の供給制限、高速道路の封鎖、そして反政府メディアによる情報統制など、このクーデター時に起こった様々な問題が後の戦略部門の国有化のアイデアにつながっていきます。このクーデターを乗り越え、2004年8月に―後にノーベル平和賞受賞者となるマリア・コリナ・マチャド女史が主宰するNGO団体「スマテ」が署名回収を主導した―大統領罷免国民投票で圧勝し、天井なしの石油価格に支えられ彼の黄金時代に突入していきます。


 この一連の政治危機を乗り越えるにあたりチャベスへの支持率改善に大きな役割を果たしたのが「社会ミッション」です。これは国民罷免投票前の2003年頃からチャベスがフィデル・カストロと開始した貧困対策のための社会開発プログラムです。キューバから医師や教員を招き、ベネズエラ人医師などが入りたがらない貧困者居住区等で医療活動や識字教育、初等教育などを進めていきました。その後、対象範囲は高等教育や統制価格の基礎食糧を販売するチェーンの展開、住居提供、先住民の権利拡大等様々な社会的分野へ拡張されていきます。実際チャベス政権期においては、各種社会指標が大幅に改善しましたが、反政府側のセクターが裨益しない政治的なものであるとの指摘もが存在したのも事実です。こうした人的協力に対して、ALBAの物々交換原則に基づきベネズエラからはキューバに対して石油が送られていたのです。つい最近まで。


 1958年に開始された革命により親米独裁政権を打倒し、米国資本の企業群を接収し、それらが保有していた農地を国有化し、共産主義を掲げて冷戦時代のソ連に接近したキューバ。マイアミまで350km程度という目と鼻の先に誕生した反米を象徴する政権。チャベス・マドゥロは自らのボリーバル革命のメンターとしてキューバと濃厚な付き合いをしてきたのです。トランプが国家テロ支援国家に指定し、経済封鎖によりその息の根を止めたいキューバをベネズエラは四半世紀に渡って支援してきた、ということです。


―――ベネズエラの今後は?


マドゥロの後継にノーベル平和賞を受賞したマチャド女史が選ばれなかったのは何となくわかる気がします。トランプは彼女がベネズエラにおいて必ずしも支持や尊敬を受けているとは思えないと言いました。彼女が尊敬するサッチャー元英首相を模範としたネオリベラルな香りのする「民衆資本主義(Capitalismo popular)」とかいう彼女の提案がボリーバル革命の代替案になるかについても私はいまいち懐疑的な気がしている、と別の拙稿で書きました。ノーベル平和賞をトランプに捧げるというところが頓珍漢ですが、デルシー・ロドリゲス暫定大統領も「もしマチャド女史がベネズエラに戻るのなら、何故米国に軍事侵攻や制裁を要請したのか国民に説明しなければならない」と論難しています。


一方でデルシー暫定大統領(とその兄のホルヘ・ロドリゲス国会議長)は、ボリーバル革命以前の二大政党(及びその施政)に対する「怨念」を象徴するような存在です。ロドリゲス兄妹の父であるゲリラ闘士ホルヘ・アントニオ・ロドリゲスは、上で登場したAD出身のペレス第一次政権の秘密警察に拘束され、拷問死しました。発見された時は内臓が飛び出していた等と大使館の情報提供者である大学教授が言っていたのを今でも生生しく覚えています。


ただデルシーに石油、経済・財務、外務といった実務経験がある点。且つ極度に急進化したベネズエラ社会においていきなり反政府サイドの人材を大統領として据えるとマドゥロ派内の過激派のコントロールが効かなくなるとの懸念が存在するとの論調には頷けます。米国への協調を述べた翌日に、帝国の奴隷になる事を断固として拒絶すると演説するなど彼女の発言が揺れるのもこうした背景があるのではないかと考えます。とはいえ、2月9日の官報に掲載された政令で、ボリーバル革命やキューバとの連帯を象徴する一部「社会ミッション」の停止が決定しました。各紙はこれがベネズエラの変革における重要な一歩であると報じています。


チャベスの時代から石油部門への投資減少はつとに報じられていましたが、チャベスがまだそれらを専門家に委ねたのに対して、カリスマや指導力に欠けるマドゥロはベネズエラの巨大戦艦である石油公社(PDVSA)を専門知識のない取り巻きに任せたがゆえにその衰退につながったとNewsweek誌(日本版)は指摘しています。そしてデルシーの大統領としての公務は既に始まっています。


2月12日にベネズエラを訪問したライト米国エネルギー長官と会談し、今後の石油事業につき協議しています。ライト長官は、「米国が管理するベネズエラの石油」販売による利益がベネズエラに支払われたと述べるとともに、第二次トランプ政権中にベネズエラで選挙が実施されるとも発言しています。デルシーのお手並み、というか米国の言う「米国によるベネズエラの管理」というものがどういうものなのか、に世界中が注目しているのではないでしょうか。


―――メキシコから見たベネズエラ危機


メキシコ・シティReforma通りで開催された「攻撃」反対デモ(林和宏撮影)
メキシコ・シティReforma通りで開催された「攻撃」反対デモ(林和宏撮影)

 上で、メキシコにとっても「他人事」ではないとの雰囲気について触れました。実際それは「一般庶民」の感覚にとどまりません。マドゥロは事実上連行直後の1月5日にニューヨークの連邦地裁に初出廷し罪状認否を行っています。その際米国政府がマドゥロ連行を正当化するために作成、提出した25頁 に渡る(追加)起訴状においては「メキシコ」という単語が19回出てきており、メキシコの麻薬カルテルに関する言及がされています。無論その大半はロス・セタス、シナロア・カルテルといったメキシコの麻薬組織に関するものです。また、ベネズエラのトレン・デ・アラグアなどの麻薬カルテルにはマドゥロの関与も指摘されており、その権力を悪用して、外交的保護や輸送ルートを提供したといわれています。(その見返りに賄賂を受け取っていた)。


かくしてベネズエラは、地理的に麻薬の中継拠点として利用され、そこでは、コロンビア産のコカインを米国に運ぶためメキシコの麻薬カルテルが暗躍していると言われています。2月8日、9日のLa Jornada紙はそのトレン・デ・アラグアがメキシコ・シティにおいてこの2年ほどで急速に勢力をつけつつあると報じています。セントロ地区を縄張りとする犯罪組織ウニオン・テピートなどと協調し、麻薬売買、売春斡旋、資金洗浄その他の暴力行為を行っているといわれています。


今年に入ってからトランプ大統領は、ベネズエラは国家がカルテル化している一方、メキシコではカルテルが国家を侵食しつつあるとして、米国(トランプ大統領)は、メキシコの麻薬カルテルに対して軍事行動をとる”可能性”にも言及しています。あくまで訓練を目的としていますが、2月15日には米海軍特殊部隊であるネイビーシールズがメキシコ入りし、米北方軍も合流との報道も出ています。その直後の2月22日、ハリスコ新世代カルテル(CNGJ)の首謀者であるエル・メンチョが殺害され、ハリスコ州にとどまらず日系企業の集中するグアナフアト州でも報復の焼き討ちなどが繰り返されました。私もすぐに23日の操業停止を社員に伝えました。これは麻薬戦争の終結を本当に意味するのでしょうか?あるいは2006年の大統領就任以降麻薬戦争を宣言し、メキシコを火の海としたカルデロン政権(PAN所属)の二の舞になるのでしょうか?あるいはグアナフアト州を中心にガソリン窃盗で勢力を伸ばしたカルテル・サンタ・ロサ・デ・リマのエル・マッロ拘束後の様な群雄割拠となるのでしょうか?


もう一点、留意すべきは、ベネズエラやメキシコがキューバ支援をしてきている点です。今回のマドゥロ拘束により、ベネズエラからのキューバへの石油供給がストップし、実務的にメキシコが対キューバ石油支援国として第一位となりました。とはいえ、1月29日にトランプ大統領とシェインバウム大統領が電話会談した際に、公式には確認されていませんが、米国から「対キューバへの石油供給をストップ」するよう要請があったといわれています。石油および石油関連商品のキューバ輸出は、電子メディアProceso(1月8日付)報道によると、シェインバウム政権最初の10か月で対前年比121%と増加を見せていましたが、上記会談以降、対キューバ石油供給が調整・抑制されています。この影響からかキューバでは、二月以降、燃料不足を理由に停電や一部国際線・国内線の欠航や大幅減便が盛んに報じられています。一般庶民の生活への影響を抑えるべく、シェインバウム大統領は、人道的見地より食糧800トンの緊急輸送を行うとともに、今後もそれを継続すると示唆し、また石油供給については米国と協議していく、と言っています。


この間、米国は、対キューバ石油供給を行う国に対して特別関税をかけると宣言しました。この「関税外交」はトランプ大統領の代名詞となっており、メキシコに対しては昨年以降、USMCAを実質的に無視した特別関税がかけられてきており、今年7月のUSMCAレビューを控え企業関係者は動向を見守っています。とくに自動車企業関係者は、モンロー主義を再解釈したアメリカ第一主義に基づいたトランプ大統領の「メキシコから来る自動車は要らない」という考えにやきもきしているところだと思います。この考えにはさらに「中国車排除」も含まれます。メキシコでは、コロナ・パンデミックを前後して中国車の販売実績が急増しており、これにつき米国は、メキシコからの迂回輸出を厳しくチェックしています。BYDをはじめ、MGなどの様々な中国自動車メーカーがメキシコ進出をここ数年ほのめかしていますが、実現せずに対メキシコ輸出の拡大に専心しているのは、このような背景があると考えられます。


ドンロー主義的観点からは、ベネズエラをはじめ、メキシコなどのラテンアメリカ諸国の「中国接近」は看過できないところです。ここではシェインバウム政権もUSMCAを通じた通商面のみならず、麻薬・組織犯罪・不法移民といった国境の警邏を期待されており、もはや米国の通商・地政学的安全保障を外から支えるような役割を期待されています。第一次トランプ政権時に新設の「国家警備隊」を南北国境に派遣し、移民の規制を行うことにより「トランプの壁」になり果てたと揶揄されたAMLOをふと思い出します。


―――さて、そろそろお時間がきました。米国のモンロー主義、麻薬流入への対抗や石油の奪還、そして二一世紀の社会主義/参加型民主主義という考えが入り混じって今回の攻撃に結びついたのでしょうか?


 一帯一路を掲げラテンアメリカに入り込んでくる中国の存在は看過できないものとなっています。ベネズエラには中国やロシア製の地対空ミサイルやレーダーが配備されていたものの容易にマドゥロ夫妻の連行を許してしまったなんて報道がありましたが、経済・軍事的なプレゼンスは当然トランプにとって許容しがたいものです。そしてそこを起点に資源を媒介とした「革命の輸出」がラテンアメリカに拡散したとなると米国も看過できないでしょう。2000年代初頭から始まったいわゆる「ピンクタイド」と呼ばれる現象です。真っ赤っかな共産主義とかではないのですが、米国が体現する新自由主義を敵視し、貧困層への分配やそれらの政治・社会的参画を促進しようとする左派政権の登場です。それらは「二一世紀の社会主義」や「参加型民主主義」などというスローガンを駆使しました。


 同時に、既に触れた様なラテンアメリカにおける米国の内政干渉は、社会主義政権による米系民間企業の土地接収などが引き金となっています。ベネズエラにおいても「社会主義化」を契機に石油産業をはじめ、米国のインタレストにかかわるような産業における国有化が行われております。トランプはあくまでビジネス感覚で石油に目を付けたんだろうという人もいるかもしれません。もちろんそれにとどまりません。革命政権の急進化という文脈の中で三権分立や説明責任、法治、透明な選挙、報道や言論の自由といった米国が体現し、ラテンアメリカ地域における統治の原則だと合意された自由民主主義が形骸化しているとの理解が当然あります。「選挙不正」により権力にとどまっており、国際社会において承認されていないマドゥロを拘束することは正義であるという米国はこの攻撃と連行を正当化するでしょう。


 多様な要因が絡まっています。ただ、ラテンアメリカを裏庭とみなしてきた米国においてベネズエラが悪い意味で注目される理由が、或いは、ベネズエラを攻撃しても正当化されるような状況が、革命政権成立以降四半世紀をかけて醸成されてきたのは間違いありません。いずれにしても正当な選挙を経てデルシーが大統領になるにせよ、マチャド女史がなるにせよ、膨大な難民を出し、国内経済も困窮化する中で「人民」が政争の具とされてはいけません。厳格な階級社会の存在がベネズエラに革命を招来した様に、一般庶民の困窮こそが政治的安定性を脅かし、次なる革命を準備しかねませんから。


―――どうもありがとうございました


こちらこそ貴重な機会をいただきありがとうございます。現在から振り返ってこのボリーバル革命を批判する事は簡単です。二一世紀の社会主義がベネズエラの民主主義と経済を滅茶苦茶にした、と。ただ私が問いたいのは、なぜこうした革命がベネズエラで貧しい人々から求められ、一定期間とは言え熱狂をもって迎えられたのかというところです。ポストマドゥロを巡る選挙の実施が論じられていますが、政権交代は始まりに過ぎません。


貧困に苦しみ、政治家に相手にされないと感じる人たち、すなわち、民主制度において「代表されていない」と感じる人々が存在する以上チャベスの様な指導者を再び呼び寄せるような「ポピュリストの誘惑(Populist Seduction)」(Carlos de la Torre)がベネズエラには、否、ラテンアメリカには亡霊の様に彷徨っているのです。このインタビューが、ベネズエラという事例を通じて、ラテンアメリカ各地で台頭している「変革」、「革命」といった民主主義のオルタナティブとポピュリズムというテーマにつき再考する契機になればと考えています。


参考文献

日本貿易振興機構, 2025,「コロンビア、中国の「一帯一路」協力文書に署名、正式参加」『ビジネス短信』(2025年5月16日付)

ニューズウィーク日本版, 2026, 『総力特集:ベネズエラ攻撃』(2026年1月20日号)

林和宏, 2025,「2025年ノーベル平和賞―マリア・コリナ・マチャドと「ボリーバル革命」の現在地」『国際金融』1399号, 外国為替貿易研究会, pp.6-13

―――, 2025,「シェインバウム・メキシコ新政権発足一年―「政府年次教書」に見る改革の進展と対トランプ2.0外交」『国際金融』1397号, 外国為替貿易研究会, pp.1-12

―――, 2025,「ラディカル・ポピュリストの政治コミュニケーション―チャベス期ベネズエラのメディアと民主主義」『イベロアメリカ研究』第48号 通巻89号、上智大学イベロアメリカ研究所, pp.63-83

―――, 2024,「シェインバウム・メキシコ新政権発足―AMLO改革継承と経済政策の展望」『国際金融』1385号, 外国為替貿易研究会, pp.4-11

―――, 2023,「ラテンアメリカにおけるポピュリズムと民主主義の両義的関係性―二一世紀急進左派政権とその民主主義観の再検討を通じて」『政治社会論叢』第八号、政治社会学会, pp.23-44

―――, 2022,「ボリーバル革命における社会開発の思想―「ポピュリズム」と「民主主義」の相克」『世界の社会福祉年鑑2022(第22集)』旬報社, pp.307-339

―――, 2021,「対ベネズエラ援助―石油大国における「貧しき人民」の革命」『日本の国際協力―中南米編』ミネルヴァ書房, pp.149-155

松田康博, 2020,「中国の対ラテンアメリカ政策―21世紀の言説と現実」『イベロアメリカ研究』第42巻特集号, 上智大学イベロアメリカ研究所, pp. 3-18

吉田徹, 2021,『くじ引き民主主義―政治にイノヴェーションを起こす』光文社新書

―――, 2020,『アフター・リベラル―怒りと憎悪の政治』講談社現代新書

―――, 2011,『ポピュリズムを考える―民主主義への再入門』NHKブックス

(本稿作成にあたっては報道等を中心に欧文文献も多数参照しましたが、ここでの記載は容易にアクセスが可能な邦文文献に限定しました)


謝辞:本インタビューの活字化にあたっては吉田栄人氏(元東北大学教員)、岡部拓氏(グアダラハラ大学教員)から貴重なご助言を頂きました。御礼申し上げます。もちろん、全ての文責は林和宏にあります。


林 和宏(はやし かずひろ)

京都外国語大学ラテンアメリカ研究センター客員研究員、元外務省専門調査員(ベネズエラ・ホンジュラス)。現在は日系企業メキシコ現地法人社長として中央高原(バヒオ地区)に駐在勤務中。専門は文化研究、ラテンアメリカ地域研究。2026年2月に刊行された『メディアの中の女性―文学・歴史・言語の世界』(開文社出版)にメキシコのマチスモ(男性優位主義)、フェミサイド(ジェンダーを理由とした殺人)に関する二章を寄稿している。Email:teamlatin@hotmail.com 

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