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JETROメキシコ中畑所長「苦しいときこそチャンスあり、日系企業はメキシコに目を向け、プレゼンスを高めよ」

2023年第1回目のインタビューは、メキシコ経済を語らせたら右に出る者はいないといわれている、日本貿易振興機構(Japan External Trade Organization、JETRO)メキシコ事務所の中畑貴雄所長です。JETROメキシコの所長としてメキシコ政府に対して思うことや、新年最初のインタビューに相応しく、今年のメキシコ経済の行方などにも言及頂きました。

 

<目次>

 

アジアよりもメキシコー日系企業にもチャンスが広がる


ー日本とメキシコの経済関係・友好関係は今後どのような方向性に向かうのか、ご見解を教えてください。


中畑所長:日本とメキシコの友好関係は400年以上の歴史があり、両国ともお互いに対するイメージは悪くないです。姉妹都市・友好提携都市を見ていても広島県とグアナファト州などに代表されるように、比較的緊密な関係が続くと思います。

経済関係については、日系企業のメキシコ進出の傾向は一時期に比べるとブームが落ち着いてきているかのように見えます。新型コロナウイルスのパンデミック以降、サプライチェーンはより近くにあったほうがいいという、いわゆる”ニアショアリング”の考えが普及したことにより、メキシコ国内に投資が戻ってきています。


アメリカではインフレや賃金上昇により製造業が厳しい状況で、また、コロナ禍でテレワーク普及の影響もあり、工場で働きたいという労働者が減ってきています。それに比べ、工場で働くことを嫌がらないメキシコ人が多いメキシコということでアメリカに工場を建設せず、メキシコで安い人件費を利用し製造を行うという傾向があります。

投資先・進出先を今後アジアよりもメキシコという考えが広がり、日系企業だけではなく欧米・中国・韓国系の企業も多くメキシコに進出し、より多くの投資を行っています。そうした諸外国の企業に比べると日系企業は若干遅れていますので、もう少し頑張ってほしいと思っています。

コストパフォーマンスの良い日本製品を積極的に広める

ー日本食のPRも行うJETROです。

中畑所長:これまでJETROでは日本食を海外に広める取り組みとして、和牛・日本酒・はまちを行ってきました。その結果、ニッチな層には浸透し、メキシコで見かける機会が増えてきました。過去には日本茶もPRし、賞味期限も長いことからそれなりの成功を収めました。更に、日本食のこうしたメキシコへの浸透に便乗する形で、日本のアニメや映画も多く広まり、映画館のシネポリスでは日本の映画が上映されました。


ー今後、中畑所長が考える「日本から輸出するなら、こうしたものがやりやすい」というアドバイスを教えてください。 

中畑所長:メキシコ国民の購買力を考えると日本の製品は高いと捉えられがちです。先ほど申し上げた和牛・日本酒・はまちは購買力の高い富裕層に浸透しましたが、今後はもう少しターゲット層を落としてもいいのではないかと思っています。


アメリカ企業などがメキシコで製造している製品は品質も良くなく、決して安くないもの、コストパフォーマンスが悪いものが多いです。そこに日系企業は着目し、頑張ってコストパフォーマンスのよい生活消耗品・消費財の製造・輸出にトライしてほしいです。日本からの輸出も昨年から続く円安を上手く利用し増やしていき、メキシコでも日本の優れた消費財を多く広めていただくチャンスでもあります。


食品でいいますと、賞味期限の観点から海外から輸入されるものはどうしても限定されてしまいます。賞味期限が比較的長く、コストパフォーマンスがいいものはなかなかなく、難しいです。JETROは日本とメキシコ双方の企業の商談の場を提供し、オンライン商談会も随時行っていますので、今後、あきらめずに魅力的な食品を探していきたいと思っています。

酒類についていえば、JETROが世界60以上の連携先ECバイヤーに商品を紹介するJAPAN MALL事業(※1)でも、日本の国産ウイスキーを取り扱うなど、日本酒ほどの知名度はないですが、比較的評判が良いです。また、ジャパニーズ・ジンもメキシコ人にウケが良く、私の知人の70代のメキシコ人男性が「ジャパニーズ・ジン、大好きだよ!最高だよ!」と絶賛していました。種類は嗜好品であり、輸出するボリュームと購買層は限定されるが、比較的ポテンシャルはあると考えています。


またどの製品に対しても言えることですが、ウォルマートやソリアーナなどメキシコの大手小売業に卸す際は、ボリュームが求められる商品となり、欠品しないことが重要です。一度製品が欠品したら二度と入荷・取り扱いをしてくれませんので、そうした点は注意が必要です。


治安・税務・労務に気を付けること!


ー日系企業は今後メキシコに継続して進出すると存じます。進出する日系企業に「ここは注意してほしい」と思うことを3点ほどあげてください。


中畑所長:ずばり、治安・税務・労務の3つに絞ることが出来ます。


1.治安

メキシコはアジア諸国とは違うという認識をすることが必要です。日本人の方は麻薬組織のボスなどが通うナイトクラブなどで騒ぐことは少なく、これまでも身体への被害はなく、車上荒らしの被害件数が目立っています。メキシコに駐在されている方は過去アジア諸国で駐在の経験があるため、、アジア諸国の治安と同じままの感覚でいらっしゃると危険なので、気を付けていただきたいです。アメリカ大陸はアジアとは違う。このことを心がけ、最低限の注意を払っていれば楽しく過ごすことが出来ます。


2.税務

国税については、日本とは概念が根本的に違うことを念頭に置いてください。メキシコの国税庁(SAT)は、まず「この人は税金を払わないだろう」という性悪説で追及してくる傾向がありますので、企業側は細かい資料をそろえて説明する準備体制を作る必要があります。

 

よくあるのが5年など過去に遡って追徴課税・罰金を要求してくるケースです。こうしたケースに対応するためにも初動が重要となります。「今は忙しいから時間のある時に対応すればいい」ではなく、SATが最終的な決定を下す前の方が対応しやすいので、早い段階で会計事務所やメキシコ日本商工会議所(以下、カマラ)の税務・通関委員会に相談をしてください。過去の追徴課税でインフレ調整や延滞金利がついてしまい、裁判にまでいったケースもあります。 


更にAMLO現政権による緊縮財政の影響でSATの人員の給料がカットされ、人数も少なくなりました。その影響で納税者番号(RFC)の取得がこれまでは1週間前後だったものが2~3か月かかるなど、対応の遅さについての不満が報告されています。しばらくこうした状況は続くものとみられますが、SATの行政手続きは避けて通れないので、辛抱強く臨むことが必要です。


3.労務

日本人とメキシコ人は仕事に対する考えが違います。メキシコ人の方は基本的に家族が一番大事。従業員の家族の都合を無視して、残業などを要求するとすぐやめてしまいます。メキシコ人の仕事に対する考え方を認識したうえで対応する必要があります。


また、メキシコ人は褒めて育てることが大切です。自分が大人になったつもりで耐えてください。ちょっとしたことでも彼らが成し遂げてくれると、逆に嬉しくなります。


働きやすい職場に不可欠なのは、必ずしも高い賃金だけではないです。ボスが重要で、ボスが部下想いの人格者だと従業員は付いていきます。


労働組合の動きにも注意が必要です。昨今現政権の方針および米国・メキシコ・カナダ協定

(USMCA)の影響で、メキシコの労働分野が重視されています。アメリカ側がメキシコの労働環境に口を出してきています。その影響から一部の労働組合が過激化しているケースも報道されています。従業員が外部の労働組合と結託し、現在自分が所属している労働組合を排除しようという動きで、最悪の場合、労働協約を締結する権利などを外部の過激な組合に取られてしまいます。こうしたことを避けるためにも、社内に不満分子をださないよう、今まで以上に労働環境に気を付けないといけません


連邦政府は緊縮財政して良い分野と悪い分野の見極めを


ー多くの日系企業がメキシコに投資するために、メキシコ政府により工夫してほしい・気を付けてほしいと思う点を3点ほどあげてください


中畑所長:少々きつい要求になってしまうかもしれませんが、3つに絞ってお伝えします。

1.最低限の治安は確保してください

車上荒らし・強盗・放火・殺人事件などは日本人にとってみては嫌なニュースです。グアナファト州は日系企業の従業員の方が多く住む場所でもありますので、余計に治安改善が急務です。サカテカス州も一部の地域の治安が局所的に悪くなっているところがあり、住むのを怖がるニュースが多くなっています。

治安の安定化のためには連邦政府だけではなく、州政府・地方自治体がそれぞれ気を付けていただきたいです。


2.連邦政府は最低限の人員を確保してほしい

連邦政府は緊縮財政も大事ですが、SATや移民局など最低限の人員は確保してほしいです。先ほども触れましたが、RFCをとるのに2~3か月かかるため納税できない、各種ビザの申請手続きに時間がかかる、人によって対応が違うなど不満を耳にします。緊縮財政をして良い分野と悪い分野を考えてほしいと思います。


3.連邦政府は企業を敵と見ないでほしい

こちらも連邦政府に対しての要望となってしまいますが、低所得層や貧しい人へのケアに重点を置くことも重要です。しかし、経済成長しないと安定的な富の分配は不可能です。営利を追求する企業を庶民の敵とみなさないでください。AMLO政権が発足してから4年がたちますが、企業を敵としてしまうと、投資活動が鈍化し、経済成長に繋がりません。政府が企業の味方になるつもりで、企業への優遇制度も行ってほしいです。


2024年の次期大統領候補には、「企業を敵とみなさないで頂きたい」と強く伝えたいですね。



ー昨年、グアナファト州・レオン市で開催されたITM2022で、JETROはJapan Pavilionを組織し、日系企業が8社出展しました。反響はいかがでしたか。


中畑所長:想定の倍以上の商談が行われましたので、今年も開催できるよう予算の獲得に動いています。日系企業には高い技術力があると思われており、バヒオ地区では比較的規模の大きい商売が出来ます


ナショナル・パビリオンとしては目立っていたため、ディエゴ・シヌエ・ロドリゲス・グアナファト州知事はじめ、現地マスコミにも立ち寄っていただきました。


米州においてメキシコは製造業で生き残り、捨てた市場ではないと実感しました。


2023年、アメリカ経済の減速の影響を受けるメキシコ経済


ー2023年以降のメキシコ経済ですが、中畑様はどのように見ていますか。

中畑所長:2023年は、低い成長率が続き、高成長は見込めない見通しです。連邦政府が企業向け支援をせず、経済成長を刺激する政策が一切ないため、投資家の投資意欲が落ちています。


また、内需を刺激する政策もないため、メキシコ経済を支えている製造業はアメリカ経済に依存しています。アメリカ経済は2023年に減速する可能性があり、それに伴いメキシコを支えている製造業も影響を受けます


アメリカのバイデン政権下では引き続き電気自動車(electric vehicles、EV)へのシフトとゼロ・エミッションを推進したいという方針です。バイデン政権のこの方針は北米生産全体を言及しており、メキシコも含まれています。しかし、こうしたバイデン政権の方針に対してメキシコ政府は何も対策をしていないため、特別な対策がなければ国内市場主導型の経済成長は見込めません。AMLO政権はあと2年ですが、2023年にどのような動きを見せるのかが重要です。


ーEV車用の部品の製造拠点として、昨今中国・韓国・台湾系の企業がアメリカとの北部国境沿いや北東部の都市に製造拠点を建設しています。今後、日系企業もメキシコ北部に新たな投資を行う動きは出てくると思いますか。


中畑所長:コスト意識の強い台湾企業などがテスラ社向けの部品製造をアメリカ国境沿いで行うのは、アメリカよりも安い人件費があるからです。中国企業はヌエボレオン州やコアウイラ州への投資が目立ちますね。そうしたこともあり、メキシコ北部への投資の人気は続くものと思われます。


日系企業は完成車メーカーがバヒオ地区に多く進出しているため、バヒオ地区が中心のサプライチェーンが既に構築されています。今後メキシコでも新たにガソリン車からEV車の製造を開始する場合は、バヒオにもEV車向けのサプライチェーンを作らなければいけないです。


JETROの扉をたたいてください!


ー最後に中畑所長より、今後メキシコに進出を考えている日系企業の方および現在メキシコで日々奮闘している方にメッセージをお願いします。


中畑所長:メキシコに進出を考えている方には、

まず、JETROの扉をたたいてください!

です。2010年代の日系企業のメキシコへの投資ラッシュでは、進出企業の80%以上に対してJETROが何らかの情報提供やアドバイスをしてきました。ITM2022のJapan Pavilionでの日系企業の反響の良さも実感しています。なんでもご相談いただければと思います!


現在メキシコに進出し、日々様々な問題で悩む日系企業の方々へ。ビジネス環境上の問題で悩む方にはカマラに入会していただくことを勧めます。カマラには、様々な委員会活動があり、税務・労務など様々な問題で悩んでいる場合は早めに相談いただければ対応しますので、お気軽にお問い合わせください。その他、カマラの支部のない州(※2)にいる企業の方、特に若手の社員の方も、是非他州でのイベントに積極的に顔を出していただき、ネットワークの構築を図り、メキシコでの生活を充実させてください


(※本インタビューは、2022年10月20日に行われたものです)

注釈:

※1 海外におけるEC販売プロジェクト JAPAN MALL

※2 カマラはメキシコシティが本部、グアナファト州とケレタロ州に支部があります。

経歴: 中畑 貴雄 Takao Nakahata

日本貿易振興機構(ジェトロ)メキシコ事務所所長。

上智大学外国語学部イスパニア語学科卒。

1998年、日本貿易振興会(現日本貿易振興機構、ジェトロ)入会。貿易開発部、海外調査部中南米課、メキシコ事務所(2006~2012年)、海外調査部米州課を経て、2018年3月よりメキシコ事務所次長、2021年3月より現職。


2002年11月~2004年3月まで日本メキシコ経済連携協定(日墨EPA)の交渉支援業務に携わり、また2016年3月~2017年3月まで経済産業省からの受託で実施した環太平洋パートナーシップ(TPP)の原産地規則解説書作成や普及セミナーの開催に携わるなど、自由貿易協定(FTA)及び原産地規則の運用に関する情報に明るい。


メキシコでは美味しい料理やお酒(ビール、ワイン、テキーラなど)を飲むのが好きです。メキシコはグルメな国なので、皆さんも是非、楽しんでください!

 

編集後記


2023年記念すべき第1回目のインタビューとしてご登場頂いた中畑所長は、「メキシコ経済についてこれ以上に詳しい方はいない」という理由から、これまでのインタビューに登場された方々からもご推薦を受けていました。カマラなど様々な場所でセミナーなどを開催されており、おそらく同じ内容を何度もお話ししているにもかかわらず、こちらからの質問に簡潔に・かつ分かりやすくお答えいただきました。おそらくこうした簡潔で分かりやすい説明があるからこそ、進出してきた日系企業からの絶大な信頼を得ているのだと思いました。


北米におけるメキシコ市場がいかに重要なのか、またそこに対して現政権がより力を入れなければらならないことをインタビューを通じて改めて実感しました。今後アメリカ経済が減速していくことが予想される中、日系企業がメキシコに多く投資し、欧米や中国・韓国などの企業に負けず、コストパフォーマンスの良い製品の多い日本ブランドを更にメキシコ国内に広めてほしいと願ってます。

 

お問い合わせ先


日本貿易振興機構(JETRO)メキシコ事務所 Japan External Trade Organization

住所:Torre Polanco, Mariano Escobedo 476 Piso 2 Of. 203, Col. Anzures, 11590 CDMX, MEXICO

Tel: +52(55)5202-7900 ext. 106

 

執筆者紹介:




温 祥子(Shoko Wen)

MEXITOWN編集長兼CEO。メキシコ在住5年半。MEXITOWN立ち上げて今年で3年目に突入。これからも様々なジャンルの方をインタビューしご紹介していきます!趣味は日本食をいかにメキシコで揃えられる食材で作ることができるか考えること。日本人の方が好きそうな場所を探し回ること。



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