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鴻巣勝明氏「シベリア鉄道でメキシコへ」

  • 2022年9月26日
  • 読了時間: 12分

今回は人生の半分以上をメキシコで生活され多彩な人生経験をお持ちの鴻巣勝明氏の記事です。学生時代からスペイン留学を機にヨーロッパを旅した後に世界に魅せられ、メキシコに行った鴻巣氏。インタビューでは学生時代のお話からメキシコでの出来事、今とは違うメキシコの観光業など。そんな人生を通じて得た次世代へのメッセージも込められています。

<目次>

何でも見てやろう、スペインへ!


―鴻巣さんは大学時代から海外に留学し、今では想像のできないような経験をされています。


鴻巣氏:全ては私が大学2年生の頃に始まります。大学でスペイン語を学んでいましたが、やはり本場のスペイン語を勉強したいという想いが募り、何とかスペイン行きを実現したく色々な努力をしました。スペイン中の多くの大学に申請した結果幸いマドリード大学の夏期講習に奨学金を取得し1961年9月22日に日本を出発したことを今でもはっきりと覚えています。「百聞は一見に如かず」じゃないですが、スペインを見ないとスペイン語の勉強がつまらなくなると感じていましたね。勉強しているスペイン語をネイティブと話すことで、自分の能力を再確認することが必要だという気持ちもありました。


実際スペインに行くと大学で勉強していた世界とはまるで違う日々が待っていました。そんな日々に追われていく中で、更にもっと広い世界を観たいと思ったのが世界旅行を始めるきっかけにもなったかもしれません。




シベリア鉄道から始まった鴻巣氏の世界旅行


―スペインまではどのように行かれたのですか。その当時は今のように自由に歩き回ることが出来なかった中で、どのようにしてスペインまで渡ったのかが気になります。


鴻巣氏:当時の海外旅行には渡航制限があり、自由に行き来できませんでしたが留学と言う大義名分で旅券がおりました。それからは何しろアルバイトする苦学生でしたのでスペインに行くための一番安いルートを探しまくりました。


当時は1ドルが360円で日本→ローマ間の片道航空券が約30万円の時代です。大卒の月給が1万5千円弱の時代ですから、そう簡単にいけるものではなかったのです。そこで私達はこの年再開したナホトカ航路・シベリア鉄道を利用する横浜港からオーストリアのウィーンまでの10万円を切った旅費を見つけました。


戦後このルートでウイーン迄行ったのは我々が第1号だったそうですがその後このルートを利用して沢山の若者がヨーロッパへ行ったのです。


―横浜港からというと、船に乗ってその後は鉄道というルートですか。


鴻巣氏:そうです。まず、横浜港から津軽海峡を経由し、ソ連(ロシア)のナホトカへ。その後シベリア鉄道に乗りモスクワに着きました。そこからは鉄道で共産圏を抜けやっと自由圏のオーストリアのウィーンに辿り着いた時には本当にホッとしました。ウィーンでは情報収集も兼ねてユースホステルに泊まり、そこで得た情報でお隣りのドイツのミュンヘンで極寒の中アルバイトをしてお金を貯めました。


当時ドイツで1か月働くと他の国では3か月ほど生活出来ましたのでマドリード大学の夏期講習が始まる迄その働いたお金でギリシャやイタリア方面の国々をヒッチハイクとテント生活の貧乏旅行をしました。この旅行は忘れられない青春の思い出です。



マドリード大学では学生寮で三食付きの贅沢な勉強でしたので今でもスペインの寛大な政府に大変感謝しています。夏期講習も終わり日本への帰国となりましたが、片道切符でスペインに行きましたので帰りは一番安い陸路でスペインから中東を経由インドまで、そこから船で日本という計画を立てました。スペインから中東まではバスやトラックのヒッチハイクで向かいましたがイランの砂漠では死ぬ思いの体験もしました。今の世界情勢を考えると信じられないことをしたなと自分でも思ってます(笑)


写真左:ドイツでヒッチハイク

中央:ピレネー越えマドリードへ

右:イランの砂漠で


―国境の出入りがそれだけ自由だったことに驚きます。その後日本にご帰国され、大学に復学されました。


鴻巣氏:日本に帰国してからもまた同じように世界をもっと知りたいという気持ちは募る一方。一緒に行った旧友はジャーナリストを目指していて、「スペインには行った。それでもまだ地球の半分しか見ていない。次は中南米のスペイン語圏を観なきゃいけないよね」と語り合いました。その後1962年にナホトカからシベリア鉄道に同じように乗り、今度は北欧から南下して中央ヨーロッパに入りました。先に出発していた仲間とフランスのマルセイユで合流し、ブラジルに行く船を探し回りました。この時もマルセイユで地元の人に聞いたりするなどしてブラジル行きの安い貨客船を探しましたが、現地に実際に行って情報収集することが一番確かな方法であることは今でも変わらないと思っています。


大西洋を航行中の船中でケネディ大統領の暗殺を知りましたがアメリカでさえ安全は保障されない事をしりました。そしてブラジルに入りました。当初はブラジルからアルゼンチン→チリ→ペルー→ボリビア→ベネズエラ→パナマを経由しメキシコに入りアメリカ・ロサンゼルスから帰国と考えていたのですが、当時の中南米の治安の状況がよくないことと、ペルーに入った時が大学に復学しなくてはならい時期になり、結局ペルーのリマから飛行機でニューヨーク、ハワイを経由して日本に戻りました。


この航空券はリマの日系旅行社の大変親切な社長さんが保証人になって下さり、日本払いの月賦で売って頂きました。本当に世界中の沢山の人達に助けられて旅行が出来たのだと実感し感謝しています。


メキシコでメキシコ線実現へ!


―その時はメキシコまではいけなかった鴻巣さんですが、その後メキシコに出会うまでどのような経緯があったのでしょうか。


鴻巣氏:日本に帰国後も相変わらず、苦学のアルバイト学生でしたが、日本航空(JAL)のメキシコ支店に既に赴任していた同窓の先輩からお声がかかったのがきっかけです。当時JALはメキシコから日本へ直行便を出す計画を立てており、その実現のための即戦力要員としてリクルートされました。メキシコは行きたくても行けなかった一番の国でしたので即メキシコ行を決断しました。そして私がメキシコ支店に就職してから5年後にJALは日本との直行便を出すことが出来ました。お蔭さまで大型バスが空港に4台も迎える程のお客さんが来る盛況で支店は大わらわになりました。


そこで直行便が就航し成果は出ましたが、今度は遠路はるばる日本から来られた観光客に如何にメキシコを楽しんで頂くかという次の課題がありました。


直行便の実現と言う私のお役目も終わった事でもあり私は1972年にJALを退職し、1973年よりメキシコ観光に入社しました。メキシコ観光は1968年メキシコオリンピックの年にJALの意向で設立された日系初の旅行会社です。日本流のおもてなしとサービスで日本人観光客の受け入れ業務だけではなく名実ともにIATAの日系旅行社ナンバーワンを目指しました。


―その当時は日本人観光客の方にはどのような観光地が人気でしたか


コスモスツアーでの一枚


鴻巣氏:アカプルコとテイオティワカンのピラミッドです。当時はまだカンクンやプエルト・バジャルタ、ロス・カボスなどは開発されていませんでしたので観光のメッカはシテイーとアカプルコでした。シテイーでは皆さんメキシコが想像以上に近代的で大都市であるのに大変驚かれました。他にベージャス・アルテスの民族舞踊や本場スペインからのフラメンコショーを楽しんで頂きました。当時はペソが大変強く世界中から有名なアーティストが出稼ぎに来ていた様な時代です。


アカプルコではケブラダの飛び込みショーがハイライトでした。


日本とメキシコ、両国が観光のプロモーションも始め、メキシコ政府も観光収入を更に増やしたい時代でした。官民一体になってメキシコ旅行のプロモーションをしていました。その他にも駐在員の方々にメキシコを楽しんで頂こうとバハ・カリフォルニアにクジラを見に行くツアーや塩田、ワイナリーツアー、海外のツアーではパナマ運河ツアー等々作りました。


その後増加した日本人旅行者の影響もあり、1987年にホテル日航(現ハイアットリージェンシー)がメキシコシティに開業しましたので、より快適な旅行を提供できるようになりました。メキシコ観光は100年の計を目指した会社で社内に55歳定年制を設定していましたので私は1995年にメキシコ観光社長を定年退職しました。その後1997年から2005年まで進出企業のお世話をするメキシコ日本商工会議所で事務局長を努めました。


会議所時代の思い出の一つにNHKのど自慢大会のメキシコ誘致を大使館、会議所、日墨協会、日墨学院の皆さんと一緒に実現出来た思い出があります。因みにのど自慢海外公演はメキシコが最後でした。


2006年から2019年までは家庭の事情でメキシコと日本を行ったり来たりの生活をしていましたが、2019年からは完全に日本に本帰国しています。


NHKのど自慢2005年 美川憲一さん長山洋子さんと


海外から海外に行くハードルは高くない!


―まさに鴻巣さんのメキシコ生活は、メキシコの旅行業と共にといったところですね。


鴻巣氏:そうかもしれませんね。


メキシコでの仕事はJALから始まりましたがメキシコ観光、会議所の仕事も、どれも周りの皆さんのお力添えが有って務まったのです。それと大げさかも知れませんが、若い頃の世界旅行で世界中の人から助けを頂きましたから、そのチョッピリの恩返しの気持ちが心の中に有ったのかもしれませんね。


今は様々な観光地に個人でも気軽に行ける時代になりました。メキシコにいる駐在員の方にはメキシコにいる間に中南米やヨーロッパにも是非足を運んでほしいです。日本から海外に行くハードルは高くても、海外から海外に行くハードルは高くないと思っています。それに、メキシコからフランスのパリまで飛行機で約8~10時間で行ける時代。私がシベリア鉄道を経由してヨーロッパに行った頃と比べたら、時間とお金に余裕さえあればどんどん行って欲しいですね。また、メキシコの歴史を知ってほしいですね。人間でもそうですが、相手のこれまで辿ってきた歴史的背景を知らないと愛せない。知れば知るほど相手を理解していくことが重要です。


ストレスをためず、人生を楽しむ方法を見つけてください!


―駐在員の方へのアドバイスもいただいたところで、鴻巣さんが思う、メキシコ生活で生き抜いていくための秘訣を教えてください。


1.4つの「あ」を意識して

鴻巣氏:4つの「あ」です。「慌てず、焦らず、諦めず、当てにせず」の頭文字をとって4つの「あ」。この4つはメキシコに限らず、どこの世界でも通用すると思うスキルですね。メキシコでは特に思うように物事が進まずついイライラしがちになったり、焦って他の手段をとろうとしたり、「もう無理だ」と諦めたりしがちになる場面を読者の方も何度も経験したと思いますが、この4つの「あ」を頭の片隅に入れておいてください。そうするとリラックスできて、生き急ぐこともせず、失敗や思わぬトラブルも回避しやすくなるのではと思います。


2.日本食はいつでも食べられるので、メキシコにいるならメキシコ料理を堪能して

MEXITOWNの他の方のインタビューでもありましたが、メキシコの食文化の豊かさを是非知っていただきたいです。メキシコ料理は2010年にユネスコの無形文化遺産としても登録されています。先住民が食べてきた料理とヨーロッパの食文化が融合しているような気がします。駐在員の方は日本に帰国した時にいくらでも日本食は食べることができます。メキシコにいるからこそ地元の料理を堪能してください。私はメキシコに行った時は必ずステーキを食べています。日本だと350~400gのステーキはとても高いですが、メキシコだとお手軽にいただけますね。食は楽しい仲間と楽しく・時間をかけてゆっくり食べる ー日本では経験できない貴重な時間です。


3.健康管理をしっかり。ストレスは身体によくない

また当たり前かもしれませんが、健康管理はしっかりとしてください。毎日の仕事に追われている方が多く、特にメキシコが好きで来たのではない方にとっては相当ストレスになりますよね。でも、それでは良い仕事も出来ません。ストレスほど身体によくなく、バランスを崩すものはありません。私がメキシコ観光時代アテンドしていた観光客のお客様の中にもツアー中に食あたりを起こした方を何人も見てきました。衛生環境が悪いところでもないのに腹痛になった方の多くはツアーのハードスケジュールや慣れない土地でのストレスが原因ではないかと私は見ています。それくらいストレスは健康に影響を与えます。


若い方にはなかなか考えるのが難しいかもしれませんが、人間いつかは死ぬ。今クヨクヨしていてもだめなんです。人生を自分なりに楽しく生きる方法が必ずあるはず。毎日の仕事に没頭するだけではなく沢山のお友達と交流を深めて楽しい生き方を見つけてください。


―当たり前のようなことですが、改めて心に留めようと思いました。ありがとうございました!


経歴:

鴻巣勝明 Katsuaki Konosu

1940年神奈川県生まれ。上智大学外国語学部西語科出身、1966年から1972年に日本航空メキシコ支店、1973年から1995年メキシコ観光を経て、1997年から2005年メキシコ日本商工会議所事務局長。2006年から2019年まではメキシコと日本の二重生活を送るが、2019年からは完全に日本に本帰国。現在は地元横浜でゆっくりと過ごす。


編集後記


メキシコの観光業に長年携わっていた鴻巣氏。小・中学校はボーイスカウト、高校時代は山岳部に所属していたので世界旅行のようなハードな旅行には耐えることができたのだと思いますと話すその様子は、今からでもカバン1つで世界の色々な場所に旅行が出来そうなご様子でした。スペインから中東を経てインド、日本へ陸路と海路で帰国という今では想像のつかない・経験ができないことをされた話はどれも興味深く、インタビュー時間の2時間半はあっという間に過ぎていきました。


メキシコにいるとスローに進む物事に対して焦り、慌て、諦め、更に最終的には誰かのせいにしたりして最終的にはいい結果が導き出せないことは、編集部も経験があります。そんな中で鴻巣さんが話した4つの「あ」や、健康管理は当たり前のようなことでも日々の忙しさに追われているとつい忘れてしまいがちです。こうした助言一つ一つをノートに留めておいて常に読み返したくなりました。



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