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アートと外交の交差点―青山健郎・在レオン日本国総領事インタビュー

  • 2025年2月17日
  • 読了時間: 12分

今回は2024年11月に在レオン日本国総領事館の総領事として着任された青山健郎総領事に取材をしました。これまでの多彩なキャリア、メキシコへの思い、そして自身のアート活動を通じた交流へのビジョンとは ― 日系社会の未来や文化を繋ぐ架け橋としての意義も伺いました。また、記事内の油絵は青山総領事の作品ですので、是非ご覧ください。

<目次>

ラテンアメリカをはじめ様々な地域と分野に関わった経験


— 総領事として着任されたばかりの青山総領事ですが、まずは自己紹介をお願いできますか?


青山総領事:外務省に入省してこれまで、東京の外務本省では総合外交政策局、中南米局、アジア大洋州局、国際法局など、在外公館ではオランダ、イラク、メキシコ(2015年から2年半ほど)、トルコなど、様々な地域や分野でいろいろな仕事を経験させていただきました。入省してまもなくスペイン語の研修を受けたことから、ラテンアメリカ諸国との関係に携わる機会は多かったです。


外務省への入省のきっかけは、漠然とした形ではありますが、外国で働いてみたいという思いでした。実際に職務経験を重ねる中で、外交という仕事の意味を理解し、日本の国益を守りながら国際社会に貢献するという使命感を持つようになりました。


— これまでのキャリアの中で特に印象深い経験はありますか?


青山総領事:いくつか挙げられますが、特に印象に残っているのは以下の3つです。


1.在ペルー日本大使公邸占拠事件

1996年12月に在ペルー日本大使公邸占拠事件が発生した時、私はスペイン語の通訳として橋本龍太郎総理とアルベルト・フジモリ大統領の会談(電話による会談も含む)に関わりました。人質を無事に救出するための両首脳の真剣なやり取りでしたが、緊張というよりは夢中で通訳をしていました。両首脳間の信頼関係を維持することが事件解決の鍵となると思い、このことに最も注意を払ったことを今でも鮮明に覚えています。昨年9月にフジモリ元大統領が逝去されたとのニュースに接した時には、総理通訳を務めていた若い頃のことが袱紗を解くように思い出され、感慨深かったですね。


2.9.11事件とテロとの闘い、イラクへの自衛隊派遣

2001年9月に発生した米国同時多発テロ事件(9.11事件)を受けて、日本は、国際社会の国際テロリズム防止と撲滅の取り組みに貢献するため、テロ対策特別措置法を制定し、海上自衛隊の艦船をインド洋に派遣しました。また、2003年のイラク戦争後、日本はイラク人道復興支援特別措置法を制定し、陸上自衛隊をイラクに派遣しました。私はこれらの法律の制定に関わりましたが、どちらも自衛隊を海外に派遣するわけですから、国会では連日論戦が交わされ、私も大変多忙な日々を送りました。9.11事件は、私の職業人生に大きな影響を与えたように思いますね。イラクへの自衛隊派遣については、当時の小泉純一郎総理大臣がラジオ番組で説明されていたように、日本も多くの友好国から支援を頂いて戦後復興を実現できたわけですから、その恩返しの意味でも、イラクの国家再建を支援しなければならない、そういう思いで仕事をしていました。


その後、私はオランダでの勤務を経て、2006年12月に自ら志願して治安が非常に悪化していたイラクの日本大使館に赴任しました。東京でイラクへの自衛隊派遣に関わった以上、イラクの現場にも行かなければならない。そう思い定めていたのです。


3. 国際司法裁判所での捕鯨裁判

私は国際法の分野でもいろいろな仕事を経験させていただきましたが、中でも印象深いのは、オーストラリアが日本を国際司法裁判所に提訴したいわゆる捕鯨裁判です。私は、裁判のプロセスがすべて終了した後、判決の言い渡しのところからこの裁判を担当しました。この判決が日本にとって厳しい内容であったことはご存じのとおりです。戦後、日本は「法の支配」を一貫して外交の柱に据えてきました。その日本が、初めて臨んだ国際司法裁判所の訴訟で厳しい判決を言い渡された。そのことを私は重く受け止め、しばらくは判決内容や裁判の経緯について勉強に次ぐ勉強でした。判決を徹底的に勉強して、将来に役立てなくてはと思ったのです。


メキシコへの想いと現在の印象


―青山総領事は幼い頃からメキシコという国を意識されていました。


青山総領事:私は幼少期に、日産自動車で働いていた父から、「日産はメキシコに工場があるんだよ」と何度も聞かされていました。その時から、メキシコという国のイメージが心の中にありました。時が流れ、実際にメキシコで勤務していた2016年4月のある朝、いつものように朝食をとりながらラジオのニュースを聞いていました。するとアナウンサーが、「日産自動車のクエルナバカ工場は間もなく50周年を迎えます。この日本企業は半世紀にわたりメキシコの経済発展に貢献してくれました。おめでとうございます!」と言ったのです。その瞬間、父が「日産はメキシコに工場がある」と言っていたことを思いだし、「あの工場が50周年を迎えたのか」と感慨深い気持ちになりました。全国放送のラジオ・ニュース番組のアナウンサーが日本企業の長年の活動を称えてくれたことも、嬉しかったですね。

 

およそ1週間後、そのクエルナバカ工場で行われた50周年記念式典に出席しました。式典終了後、若い女性のエンジニアが私のところへやってきて、「父も私も、この日産の工場で親子二代にわたり働いています」と日本語で話してくれました。その誇らしげな表情がとても印象に残りました。この出来事を通じて、人と人との友情や相互理解が二国間の交流の礎であることを実感しました。日本企業が海外に工場を建設し、現地の人々と交流しながら「ものづくり」を進める、そこで親子二代にわたり働く人がいる、この事実には、50年という長い時間の中で培われた信頼と絆が感じられました。こうした交流こそが、両国の関係を深めるうえで大切なものだと思いました。



——7年ぶりにメキシコに戻られて、当時と比べて何か変化を感じましたか?


青山総領事:メキシコ全体の印象は大きくは変わっていないように思います。特に、メキシコらしさ、この国の魅力がそのまま残っているのは嬉しい限りですね。私のメキシコへの想いは、写真家・篠原誠二氏の写真集「俺のメヒコ」の一枚一枚の写真に寄せたエッセイに込められています。そしてその想いは今でも変わっていません。


魯迅の小説「故郷」をご存じですか。20年ぶりに故郷に帰った主人公が、幼い頃に仲良くしていたルントウと再会するのですが、ルントウは主人公のことをうやうやしい態度で「旦那様!」と呼ぶのです。子供の頃は意識しなかった身分の差、厚い壁を思い知らされた主人公はとても残念な思いをします。私は、メキシコにはまだたくさんの「ルントウ少年」がいるように思います。たとえば、路上で靴磨きをしたりストリートオルガンを弾いたりして生活している少年たち。こうした点は、もっと変わってほしいですね。


また、年末年始に「サムライたちのメキシコ: 漫画メキシコ榎本殖民史」を再度読みました。当時メキシコに来られた日本人の方々は大変苦労されながらも、地元メキシコの人々との友情を紡いでいきます。1人1人の日系人が築かれた地元メキシコとの人々との友情が積み重なり、日本とメキシの関係を支えていることを改めて感じました。

 

バヒオ地域の日系社会への展望


— バヒオ地域の日系社会について、今後の方向性についてどのようにお考えですか?


青山総領事:メキシコの日系社会では、すでに3世、4世の方々が活躍されています。この世代になると、多くの方々は日本語を話されません。また、日系人の方々は、よきメキシコ国民として生きておられると思います。中には、日本とのつながりを意識しない方もおられるかもしれません。一方で、メキシコ人であるけど日本人の血が流れていることでアイデンティティに悩んでいる方もおられると思います。世代によって、また生まれ育った環境や受けた教育によって、それぞれ日本への想いは違うのではないでしょうか。最近、メキシコ国立自治大学(UNAM)が制作したメキシコの日系社会のドキュメンタリーを見ましたが、インタビューに登場する日系人の方々の中には、そうした気持ちの揺らぎをお話になる方もおられます。そうした中で、私は、日系社会の方々には、それぞれの感じ方で結構ですので、先祖が日本人であることへの思いを大切にしながら、あるいは日本という国に思いを馳せながら、同じ日系人同士のネットワークを広げていただきたいと思っています。


一方、最近は、拡大日系人という考え方が広まっています。日本人や日系人と結婚されたメキシコ人、日本での留学や仕事の経験を持つメキシコ人など、日本人の血が全く流れていないメキシコ人でも日本とメキシコの架け橋として活躍している方がおられます。こうした方々(拡大日系人)が日系社会の活動に積極的に参加し、両国の関係のさらなる発展に貢献されることも期待しています。


来年は全国日系人大会(CONANI)がグアナファト州・レオン市で開催される予定です。また、今年のアグアスカリエンテスのサンマルコス祭(4~5月)では、日本が招待国となっています。在留邦人の皆様、そして日系社会の皆様のイベントへのイニシアティブを総領事館としても支えていきたいと思います。また、総領事館の目の前にある Forum Cultural Guanjuatoは日本の文化や芸能に関心が高いです。そうした日本関連イベントを通じてメキシコ人の方々には日本の伝統芸能、更には現代の日本の文化にも関心を持っていただきたいです。

 

アートを通じた日墨交流の可能性


横浜・秋粧山下公園
横浜・秋粧山下公園

— 青山総領事はアーティストとしての一面があります。アートを通じた日墨交流についての展望をお聞かせください。


青山総領事:大学受験、あるいは就職活動の頃に、美術の世界に進むか、外交の道を選ぶかで悩んだことがありました。結局、外務省員として職業人生を歩んでいますが、同時に、現在も絵のある人生を歩んでいます。人生は一本の線ではないですね。私にとって、絵を描くことは、楽しみであると同時に精神修養のようなものです。アンリ・カルチェ=ブレッソンという20世紀を代表するフランスの写真家が、「写真は射撃であり、絵は瞑想である」という言葉を残しています。私はこの言葉が気に入っています。


プエブラ・メキシコ富士とカトリック寺院
プエブラ・メキシコ富士とカトリック寺院

私の絵はもっぱら油絵による風景画です。私は絵を描くとき、光、風、気温、花の香り、鳥のさえずりのような色や形のないものを描きたいと思っています。その風景に漂う情緒を絵にしたいのです。


これまで海外勤務では、オランダでグループ展に出品し、メキシコシティでは個展を開き、トルコでは女性画家と一緒に二人展を開催しました。日本国内では、銀座の画廊でのグループ展に参加してきました。ある絵画団体の公募展に作品を応募し入選して、六本木の国立新美術館にその作品を展示いただいたこともありました。レオンでも作品をお披露目し、現在活躍されているアーティストの方と一緒に日本とメキシコの文化交流を深めたいと考えています。ただし、私は、週末の日の光のある時間帯しか絵を描けません。電灯の下ではよい色は出ません。それに毎週末というわけにもいきません。一枚の絵を完成させるのに4か月くらいかかります。でも、アートを通じた文化交流の目標は持っていたいですね。


タスコ・光と陰の坂道
タスコ・光と陰の坂道

ところで、レオナール・ツグハル・フジタ(藤田 嗣治)、北川民次、岡本太郎といった著名な日本人アーティストが、1920年代から1930年代に起こったメキシコの壁画運動から大きな影響を受けているのをご存じでしょうか。また、日系人画家のルイス・ニシザワは日本の墨絵の要素も感じられる風景画を描き、メキシコ人画家でありながら作品の中に日本人の美意識のようなものを再現していると思います。このように、アートの世界で日本とメキシコの架け橋となったアーティストたちがいることを広く知っていただけると嬉しいですね。


トルーカ・冬の日差しの中で
トルーカ・冬の日差しの中で

現地の文化を体験しながら交流を深めてほしい


―最後に、読者へのメッセージをお願いします。


青山総領事:日本人とメキシコ人、お一人お一人の交流や友情が積み重なり、それがやがて日本とメキシコの友好関係の礎になっていくと思います。読者の皆様がメキシコに在住されている背景は様々であると思いますし、在住期間も違うと思いますが、一人でもメキシコ人の友人を作られたらよいのではないかと思います。

 

「淡交至久味方真」という言葉があります。淡いお付き合いも久しく続けば味わい深いものになる、という意味でしょう。私もそうですが、特にお仕事でメキシコに来られている駐在員の方は、自身が想定していなかったメキシコという国に数年という限られた期間滞在されることになります。したがって、人によっては言葉の問題もあり、現地の人々とのお付き合いは淡いものになりますが、そうした淡いお付き合いも長く続けば大変味わい深いものになるということかと思います。

 

あと一つ、せっかくメキシコにおられるので、仕事以外に、できればメキシコらしい何かに打ち込まれるとよいのではないでしょうか。メキシコ料理を学ぶ、メキシコの合唱団に加わる、植民地時代の建築を研究する、どんなことでもよいと思います。そうしたことを通じてメキシコの人々との交流も深まるのではないでしょうか。


— 青山総領事、本日はありがとうございました!


経歴

青山 健郎 Takero Aoyama

早稲田大学法学部卒業。1988年外務省入省。在オランダ大使館一等書記官、在イラク大使館一等書記官、中南米局中米カリブ課首席事務官、2013年国際法局法律顧問官兼ICJ捕鯨問題裁判室長などを歴任。2015年国際法局国際裁判対策室長を経て、在メキシコ大使館参事官(2015年)、総合外交政策局国連制裁室長(2018年)、在トルコ大使館公使参事官(2021年)を務め、2024年10月より在レオン日本国総領事に着任。趣味は美術(油絵の風景画)。

 

 

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