【特別記事】北米経済秩序の再設計―USMCAレビュー、中国問題、産業安全保障の時代におけるメキシコの位置―
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2026年は、国際情勢や通商政策の変化を背景に、北米経済を取り巻く環境が大きく揺れ動いています。米国では対外経済政策や安全保障政策の見直しが進み、ラテンアメリカ地域に対する政策姿勢も注目を集めています。こうした変化は、メキシコの経済環境や対米関係にも影響を及ぼしています。
そのようななか、メキシコに進出している1,300とも言われる日系自動車企業にとって一番の懸念事項は米国、カナダを交えた米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)のレビューではないでしょうか?MEXITOWNでは今回、このテーマを研究対象の一つとして取り扱うグアダラハラ大学経済経営学部/日墨研究プログラム(Programa de Estudios México-Japón: PROMEJ)の岡部拓教授をお招きし、その過去、現在、未来についてお聞きします。(聞き手:MEXITOWN編集長)
※本記事は3月16日時点での情報です。
―――本日16日からUSMCAのレビューが始まると報じられていますが、なぜ今なのでしょうか?
2025年の第二次トランプ政権発足以降、新たな関税措置や保護的な貿易政策が相次いでいるため、今回のレビューもそうした政策の延長として受け止められている面があります。しかし、このレビューは、政治的な判断というより、協定自体に組み込まれている制度によるものです。
USMCAは2020年7月1日に発効しましたが、この協定の第34.7条2項にレビュー条項(いわゆるサンセット条項)が組み込まれています。
この仕組みは、一般的な自由貿易協定の中ではかなり例外的な制度です。多くの自由貿易協定は期限を設けない恒久的な制度ですが、USMCAでは16年の有効期間と6年ごとのレビューが制度として定められています。
そのため北米の貿易体制は、他の自由貿易協定、たとえば前身の北米自由貿易協定(NAFTA)と比べると、制度的に定期的な再評価が行われる仕組みになっています。これは当時の米国政権が、協定を定期的に再交渉できるようにするための制度を望んだ結果です。
なお、このレビュー条項では、3か国の政府が協定の運用状況を確認し、協定をさらに16年間延長するかどうかを検討することになっています。もし3か国が合意すれば、協定の有効期間は2042年まで延長されます。
ただし2026年の時点で延長に合意できなかった場合でも、協定が直ちに終了するわけではありません。制度上はその後10年間にわたり毎年レビューを実施し、そのいずれかの時点で合意に達すれば、そこから改めて16年間延長される仕組みになっています(同条4項)。
逆に言えば、もしその期間内に合意が成立しなければ、協定は2036年7月1日に失効する可能性があります。
したがって今回のレビューは、協定の存続そのものを直ちに決める交渉というよりも、制度の運用状況を確認し、将来の延長や制度調整に向けた議論を始めるプロセスと理解するのが適切でしょう。
―――そういう背景なのですね。では、仮に昨年トランプ政権(第二次)が登場していなくてもこのレビューは実施しなければならないのですね。
レビュー自体は政権に関係なく必ず行われる制度的プロセスです。
ただし政権によってレビューの性格は変わります。現在の米国は貿易政策を産業政策や安全保障政策の延長として位置づける傾向が強くなっています。
そのため今回のレビューも単なる制度確認ではなく、実質的なルール調整や再設計の議論、つまり「レビュー(revisión)」だけでなく「再交渉(renegociación)」に発展する可能性があります。
懸念されるのは米国の姿勢です。2020年にUSMCAを承認し、協定を発効させるために米国内で「USMCA実施法」ができていますが、同法によれば、先ほど述べたUSMCA第34.7条2項のいわゆるレビューにつき、米国商務省は270日前までに官報で告知し、180日前までに議会に通告する義務を負っています。
このプロセスを通じて、国民からのUSMCAの運用に関する一般意見公募(public consultation)が9月17日から行われ、12月上旬に公聴会が開催されました。この「12月上旬」が「議会に対する180日前のレビュー通告」の時期に相当します。
これらの過程は「レビュー」に関わるものです。「再交渉」という場合、USMCAではその34.3条で「当事国は書面により本協定を改正でき、その改正は、最後の当事国が国内法手続に従って承認を通知した日から60日後、または当事国が合意する別の日に発効する」とだけ規定があります。このため、再交渉を開始するには、特別な国内手続きが不要であるようにうつります。しかし、改正が国内法に影響するところでは、議会の承認が不可欠であるため、米国では「レビュー」と同様のプロセスをとるべきとも解釈できます。
ただしこの点、先の公聴会において、米国商務省の高官が「USMCAの欠点は、協定を単純に追認することが国益にかなわないほど重大である」と述べており、この発言は、実質的な「再交渉通告」ともとらえられるものでありました。
こうした経緯を踏まえ、2026年3月16日から、まず米国とメキシコ間で、7月に予定されている第34.7条に基づく「レビュー」に向けた事前協議が行われます。これは実務的に、7月にいきなり、USMCA延長の結論は出せないこと、事前に各種圧力カードを整理しておくこと、また企業活動の不確実性を管理するうえでの調整段階を示すこと、といった各国が交渉論点を整理する準備プロセスになります。
―――トランプ第一次政権の時に北米自由貿易協定(NAFTA)からUSMCAになりました。なぜNAFTAではだめだったのでしょうか?
NAFTAは1994年に発効した協定で、当時の世界経済はグローバル化の拡大と自由貿易の深化を前提としていました。先進国と発展段階の異なる国が同じ自由貿易枠組みに入る大規模な地域協定として注目されました。
その目的は、関税撤廃を通じて企業活動の自由化を進め、北米域内の生産ネットワークを統合することで、グローバル化の進展の中で北米経済圏の競争力を高めることでした。
しかし2010年代に入ると、米国国内ではNAFTAに対する評価が大きく変化します。特に問題視されたのは: 1) 製造業雇用の減少; 2) 中国との競争激化; そして3) 北米域内の賃金格差と労働条件の不均衡、でした。
とりわけメキシコの製造業、特に自動車産業の低賃金構造は、企業の生産移転を促し、米国の雇用流出を招いたとの政治的認識が広がりました。このため、2017年から「NAFTA再交渉」が始まりました。
その過程では労働問題が重要議題となり、とりわけメキシコ国内における労働者の団結権や集団交渉権の強化、労働制度改革の実施が強く求められることになりました。
その結果、NAFTA再交渉では、単なる関税協定の更新ではなく:1) 原産地規則の厳格化; 2) 労働・環境規定の協定本体への組込み; そして3) デジタル経済など新分野のルール整備が進められ、2018年にUSMCAが成立しました。
重要なのは、USMCAが単なる「自由貿易協定の改訂版」ではない点です。これは北米域内への生産回帰と産業競争力の再構築を目的とした制度的再設計であり、自由貿易に加えて労働政策や産業政策、安全保障的な要素まで組み込んだ協定へと性格が変化しました。NAFTAが「市場統合の協定」だったとすれば、USMCAは北米経済圏を戦略的に管理するためのルールとして生まれた協定だといえます。
―――USMCA発効(2020年7月)当時と6年後の現在とを比べると、電気自動車(EV)の流通や中国の台頭という意味で世界は大きく変化していますが?
USMCA発効後、EV化の進展や中国メーカーの台頭などを背景に、世界経済環境は大きく変化しています。 最大の変化は、サプライチェーンの地政学化であるといえます。パンデミックや米中対立を契機として、企業は単なるコスト効率だけではなく、サプライチェーンの安全性、地理的近接性ならびに政治リスク、を重視するようになりました。
その結果、北米では生産拠点を「遠い国」から「近い国」へ移す、いわゆるニアショアリングが進展し、メキシコの製造業、とりわけ自動車産業にとって新たな投資機会が生まれています。
同時に、自動車市場そのものも大きく変化しています。メキシコの貿易および自動車産業は足元では外部環境の不確実性に直面しているものの、新たな構造的傾向としてEV需要の急増が確認されています。
EVの開発自体はパンデミック以前から進められていましたが、パンデミックを契機としたサプライチェーン再編と脱炭素化政策の加速により普及が急速に進みました。
メキシコ国内では、2019年と比較すると、2025年の電動車(電気自動車、ハイブリッド、プラグ・インを含む)販売台数は約6倍に増加し、特に電気自動車の販売は約70倍という顕著な伸びを示しています。もっとも、公式統計には一定の制約もあります。中国メーカーの一部は販売データの報告が義務化されていないため、実際の販売数が不明確です。
その代表例として、中国EVメーカーBYDは、2025年にメキシコ国内で約7万5千台を販売し、FordやHonda、Suzukiなどの伝統的メーカーを販売台数で上回ったと報じられていますが、メキシコ国立統計地理情報院(INEGI)の統計にはそれが反映されていません。これは、中国側が販売台数を恣意的に開示せず、静かにメキシコ自動車市場を侵食していることの象徴とも言えます。こうした動きは、電動化の進展とともにメキシコ自動車市場の競争環境が変化しつつあることを示しています。
電動自動車販売数の推移(2019年~2025年)
単位:台数

*この統計にはBYDの販売実績が含まれていない。
このように、サプライチェーンの再編、電動化の進展、新興メーカーの参入といった複数の要因が重なり、北米自動車産業を取り巻く環境はUSMCA発効時とは異なる状況にあります。
―――今回見直しにおいて中国はどのような影響を与えそうでしょうか?
今回のUSMCA見直しにおいて、中国は交渉当事国ではありません。しかし実質的には、最も重要な外部要因の一つとして交渉全体に影響を与える可能性があります。むしろ今回のレビューは、協定そのものの制度点検というよりも、北米サプライチェーンを中国からどこまで切り離すのか、いわゆる「リスク低減」を制度的に調整するプロセスとして理解する方が良いかもしれません。
2017年のNAFTA再交渉時にも中国問題は存在していましたが、その位置づけは主として対米貿易赤字や原産地規則強化の文脈における間接的なものでした。しかし現在は状況が異なります。近年、米国政策当局が強く懸念しているのは、中国企業が第三国を経由して北米市場へアクセスする、いわゆる「迂回輸出」の問題です。これは単なる貿易問題ではなく、産業政策および経済安全保障の問題として認識されています。
こうした懸念の背景には、中国とメキシコの貿易関係の急速な拡大があります。実際、この約5年間で中国からメキシコへの輸出額はおよそ80%増加しており、中国製の中間財や工業製品がメキシコの製造業サプライチェーンに深く組み込まれつつあります。
中国からのメキシコ輸入の推移(2019年~2025年)
単位:百万ドル

こうした輸入拡大に対して、メキシコ政府も一定の政策対応を進めています。2023年以降、国内産業保護を目的として、主としてアジアからの輸入品に対する関税を段階的に引き上げてきました。とりわけ2026年1月には、メキシコと自由貿易協定を締結していないアジア諸国から輸入される自動車に対し、最大50%の関税を課す措置が導入されています。こうした措置は国内産業保護の側面を持つ一方で、結果として中国製品の流入を抑制する政策ともなっており、広い意味では米国が進める中国製品のサプライチェーン排除やリスク低減の動きと一定の方向性を共有していると見ることもできます。
いずれにせよ、中国との貿易拡大はメキシコの産業多様化という側面を持つ一方で、米国側から見ると、中国由来の部材が北米域内製品として再輸出される可能性を高める要因として認識されています。
この問題は鉄鋼貿易の動向を見るとより具体的に理解できます。近年、メキシコの中国からの鉄鋼輸入は大きく増加し、さらにマレーシアやベトナムなど第三国からの輸入も拡大しています。同時に米国はメキシコやブラジルから鉄鋼を大量に輸入しており、ブラジル自身も中国からの鉄鋼輸入を増加させています。
結果として、中国から輸出された鉄鋼素材が第三国を経由して北米市場に入る可能性がある、多層的なサプライチェーンが形成されています。
さらに重要なのは、鉄鋼製品の原産地認定の問題です。従来の貿易制度では、第三国から輸入された鉄鋼素材がメキシコで加工されることで、最終製品がメキシコ原産として米国市場に輸出され得る構造が存在しました。これは特別な優遇措置というより原産地規則の一般的な運用によるものですが、米国側から見ると対中関税の実効性を弱める可能性、すなわち迂回輸出への懸念を生む要因となります。例えば、中国から輸出された鉄鋼素材がブラジルなどを経由してメキシコに入り、それが加工された後に米国へ輸出されるといったサプライチェーンも理論上は成立し得ます。
こうした懸念を背景に、米国はすでに制度的対応を進めています。米国は国家安全保障を理由とする通商措置である Section 232を鉄鋼分野で運用しており、2025年はメキシコから米国へ輸出される一部の鉄鋼製品にも最大50%の追加関税が課される措置が取られました。
さらにUSMCAの修正議定書(2019年成立)では、2027年以降、対米輸出鉄鋼について北米域内で「溶解・鋳造」された素材であることを求める方向が示されています。これは単なる原産地規則の強化ではなく、素材段階まで遡ってサプライチェーンを管理しようとする新しい制度的アプローチです。
したがって、今回のレビューでは中国が直接交渉対象として扱われるわけではないものの、原産地規則のさらなる厳格化、サプライチェーンの透明性確保、第三国経由輸入の監視強化、さらには投資審査や経済安全保障措置といった分野において強い影響を与える可能性があります。
―――ずばり今回の見直しの焦点はどのあたりになるでしょうか?
今回のUSMCAレビューの焦点は、形式的には通商ルールの運用評価ですが、実質的には「北米経済統合を支える制度的信頼をどのように再定義するか」という点もあります。
メキシコ政府が企業、産業団体、州政府などを対象に実施した一般意見公募では、USMCAの再交渉そのものよりも、協定の運用をいかに改善し北米経済圏の競争力を高めるかという点に議論が集中しました。
具体的には、多くの産業セクターが既存の自由貿易枠組みと原産地規則を維持することの重要性を強調するとともに、北米域内の競争力強化のために規制・技術基準の調和、エネルギー供給の安定、技術協力の促進などを優先課題として挙げました。
また、鉄鋼やエネルギーなどの分野では、米国のSection 232などによる一方的措置への懸念が示されており、北米サプライチェーンの統合を維持するため、こうした政策の調整が必要であるとの意見も出ました。
このように、今回のレビューに向けた国内議論は、単なる貿易技術的な問題ではなく、北米経済圏の制度的運用と競争力をいかに強化するかという視点から整理されています。
しかし、今回のレビューの特徴は、これらの産業的論点だけでは説明できません。
この点は2025年9月に米国の議員団がメキシコを訪問した際にも明確に示されています。同議員団は、「メキシコ市場には50以上に及ぶ非関税障壁が存在する」と指摘し、その改善の必要性を公に提起しました。これは単なる二国間の政治的発言ではなく、USMCAレビューを見据え、通商問題を制度的・規制的課題として再定義する米国側の姿勢を示すものと理解できます。
このようにして、2025年を通じて米国側は、通商問題のみならずメキシコ国内の治安問題や規制環境、法の支配の実効性などについても懸念を示してきました。これはUSMCAが想定していた伝統的な自由貿易協定の枠組みを超え、投資環境や制度的ガバナンスそのものが議論の対象になりつつあることを意味します。
実際、メキシコでは2024年以降、司法改革およびエネルギー改革を中心とする大規模な制度改革が進められており、国家の役割強化と規制構造の再設計が進行しています。
これらの改革は、国内政策としては社会的正義や国家能力強化を目的とするものですが、国際経済の観点からは、規制の予見可能性、司法の独立性、競争中立性といった要素に影響を与えうるため、外国投資家のリスク認識やUSMCA上の義務との整合性が議論される可能性があります。
特にニアショアリングが進む現在、外国直接投資は単に地理的近接性や労働コストではなく、制度的安定性への信頼に強く依存します。メキシコ中央銀行が以前行った企業調査でも、インフラ以上に「法の支配」や制度的確実性が投資判断の重要要因として認識されており、この点は今回のレビューにおける背景条件として無視できません。
したがって、今回のレビューの焦点は三層構造で理解する必要があります。第一層は自動車・労働規定などの協定内部の技術的調整、第二層は関税措置や産業政策をめぐる通商摩擦、そして第三層として、制度改革・治安・規制環境といった投資ガバナンスの問題です。
言いかえれば、今回のレビューは単なる貿易協定の定期点検ではなく、ニアショアリング時代における北米経済統合の前提条件、すなわち「市場統合を支える制度的信頼をどこまで共有できるのか」を再確認するプロセスになるといえます。自動車産業はその象徴的な舞台ではありますが、交渉の本質はより広い制度的・政治経済的次元にあるといえるでしょう。
―――米国(トランプ)におされる状況は必至でしょうが、メキシコやカナダの意気込みはどのような感じでしょうか?
交渉力という点では米国の影響力が最も大きいことは否定できません。しかし、メキシコとカナダにとってもUSMCAは自国経済の基盤を支える制度であり、両国が受動的に対応することは考えられません。
メキシコの場合、輸出の9割弱が北米市場向けであり、製造業、特に自動車、電子機器その他の産業製品、また農産品などのサプライチェーンはUSMCAの枠組みに深く統合されています。自由貿易協定(NAFTA/USMCA)等を通じた対米輸出は、2018年~2024年まで年平均で総輸出の約49%を占めており(2025年はそれが12%に激減)、協定の安定性そのものが国内経済の予見可能性と直結しています。
一方、カナダも同様に北米経済への依存度は高く、自由貿易協定等を通じた対米輸出は、同じく2018年~2024年までに年平均で総輸出の約38%を占めますが(2025年は11%程度に減少)、しかしその輸出構造はメキシコとは異なります。カナダはエネルギー資源、鉱物資源、農産品(特に乳製品)など資源型輸出の比重が高く、製造業中心のメキシコとは利害の重点が必ずしも一致しません。 この違いは、レビュー交渉において両国が同盟的に行動しつつも、個別分野では異なる優先順位を持つことを意味します。
なお、今年1月の世界経済フォーラムで、カナダ政府が米国の対外政策に対し距離を置く姿勢を示したことや、中国製電気自動車への対応をめぐり米国と温度差がみられたことから、一部ではカナダが北米経済枠組みの再定位を模索しているのではないかとの観測も生まれました。しかしこれはUSMCA離脱を意味するものではなく、むしろ米国の一方的な通商措置が増える中で、交渉上の自律性を確保しようとする戦略的シグナルと理解する方が適切でしょう。
メキシコおよびカナダの関税別対米輸出の推移(2018年~2025年:1-10月期)
単位:千ドル

*2024年にはメキシコの対米輸出は約5,055億ドル、カナダは約4,118億ドルに達した。NAFTA/USMCA 等による関税免除を通じた輸出比率は、メキシコが2018~2024年平均で48.9%、カナダが37.9%だったが、2025年1~10月期にはそれぞれ12.9%、11.4%へと大幅に低下している。
もっとも、最近の動きを見ると、メキシコとカナダは対米交渉に備えた協調姿勢を明確にし始めています。2025年秋にはカナダ新首相がメキシコを訪問し、USMCA見直しに向けた協働を確認しました。また2026年2月初頭、200社・400人以上の規模のカナダ企業代表団がメキシコを訪問し、両国間の直接投資および二国間貿易の拡大を推進する方針が示されました。これは、北米統合を「米国中心」だけでなく、メキシコ・カナダ間の経済関係強化によって補完しようとする試みと理解できます。
したがって、メキシコとカナダの基本姿勢は共通しており、協定そのものの維持を前提に、大幅な再交渉ではなく運用改善による調整を行うことで、北米サプライチェーンの安定確保を目標とする可能性が高いといえます。
米国が制度改変の主導権を握る構図は変わらないものの、メキシコとカナダは協調を通じて交渉の不確実性を抑え、USMCAを「解体」ではなく「管理された調整」に導こうとしているといえます。
米国側からは「USMCAを廃止して二国間協定を」といった見解もきこえますが、これはその方が米国が常に優位に立てるからであって、多国間協定は米国の主権を制約する可能性が高くなります。このため、メキシコ・カナダ間の協働は不可欠といえるでしょう。
―――では、最後になりますが、この交渉はいつまでに終えなければなりませんでしょうか?そして落としどころはどんなところが見込まれるのでしょうか。
USMCAにはいわゆる「サンセット条項」が制度上設けられており、これまで述べたように、協定発効から6年目にあたる2026年に各国が協定の継続を支持するかどうかを確認するレビューが実施されます。
ただし、このレビューには明確な交渉期限があるわけではありません。仮にこの時点で完全な合意に至らなかった場合でも、協定が直ちに失効するわけではなく、その後も毎年レビューを継続する制度となっています。そのため制度上は、2026年のレビューですべてが決着するとは限らず、数年にわたって制度調整が続く可能性もあります。
もっとも、こうした不確実性が長期化すれば、企業の投資判断やサプライチェーン再編に影響を与える可能性があります。とりわけ北米の製造業は長期投資を前提としているため、協定の将来が不透明な状態が続くことは、経済活動の進展という観点からは望ましい状況ではありません。その意味では、制度上は時間的余裕があるとはいえ、各国とも一定の方向性を早期に示す必要性は高いといえます。
実際の交渉は、制度設計だけでなく政治日程にも大きく左右されるでしょう。とりわけ米国では2026年11月に中間選挙を控えており、政権としてはそれまでに通商政策上の成果を示す必要があります。そのため、少なくとも政治的な方向性については秋頃まで、遅くとも10月頃までに大枠の合意が示される可能性が高いと見ています。
もっとも、今回のレビューの背景を理解するうえで重要なのは、単なる制度点検以上の意味合いが存在する点です。USMCAそのものは、サンセット条項、厳格な原産地規則、労働規定、自動車分野における賃金要件など、第一次トランプ政権の要求を強く反映して成立した協定でした。にもかかわらず、現在の米国ではなお協定に対する不満が残っています。
その理由は、米国の通商政策の関心が「自由貿易」から「産業安全保障」へと大きく移行しているためです。現在の政策課題は、単なる関税水準ではなく、中国企業のサプライチェーンへの浸透、第三国経由の迂回輸出、EVや電池をめぐる技術競争、さらには国家安全保障と経済政策の統合といった点にあります。
さらに近年では、安全保障概念そのものが拡張され、経済・社会問題も通商政策と不可分に結びつけて理解されるようになっています。その象徴的な要因の一つが、米国内で深刻化するフェンタニル危機です。毎年10万人規模の米国人が薬物過剰摂取によって死亡しているとされ、この甚大な社会的コストを背景に、国境管理、物流、規制執行、さらにはメキシコ国内の治安や統治能力までもが安全保障問題として再定義されています。すなわち、米国が安全保障政策への傾斜を強めているのは、単なる地政学的競争だけでなく、国内社会の安定維持という切迫した政策課題とも直結しているのです。
この文脈において、近年の国際政治上の出来事は、法、価値、そして安全保障に基づく国際秩序の再編を象徴するものとして理解されつつあります。こうした動きは、2026年7月のUSMCAレビューを単なる関税調整ではなく、メキシコのガバナンスや制度運営を含めた包括的な評価プロセスへと性格づける要因となっています。このなか、米国は労働、エネルギー政策、さらには対中サプライチェーン管理といった分野において、メキシコに対する要求水準を引き上げていく可能性が高いでしょう。
同時に、この再評価はメキシコにとって一方的な圧力のみを意味するものではありません。北米経済の再編が進む中で、メキシコは地理的・産業的に代替困難なパートナーとして再定義されつつあり、戦略的協力関係を深化させる余地も拡大しています。
このように見ると、今回のレビューは協定の存続そのものをめぐる交渉というよりも、自由貿易枠組みを維持しながら、それをどこまで産業政策・安全保障政策と接続できるかを探るプロセスと位置づけることができます。そのため、直ちに全面的な再交渉に進む可能性は必ずしも高くなく、当面は協定を維持しつつ、原産地規則、労働規定、サプライチェーン管理など運用面の調整が中心になる可能性が高いのではないかと考えられます。
―――ありがとうございました!
グアダラハラ大学経済経営学部では、2008年に研究グループとして「日墨研究プログラム」を創設し、日墨関係について学際的な研究を行ってきています。研究分野は経済、社会文化、法律など多岐にわたり、これまでに関連する研究書を5冊ほど出版しています(https://promej.cucea.udg.mx/libros-promej)。もっとも、これまでは研究や論文出版を中心に活動してきたため、一般にはあまり知られていない面もあります。
私自身の専門は法学ですが、研究グループには経済学者が多く、また日墨関係を理解するうえでは北米市場全体を規定する制度的枠組みを研究する必要があります。そのため制度研究の観点からUSMCAの分析にも取り組んでいます。とりわけ、日墨EPAが発効して以降、日本からメキシコへの投資の約9割が製造業に向けられており、そのうち6割強が自動車産業に集中しています。このため、北米の産業網を考えるうえでも自動車産業の研究に関心を向けています。
また2018年に創設された「ハリスコ州自動車産業クラスター」の学術委員会の委員も務めています。現在編纂を進めている研究書『México-Japón y el nuevo orden mundial』では、同クラスターの代表(directora general)であり、ハリスコ州のホンダ・メキシコで長年勤務されてきたカルメン・エルナンデス女史にも寄稿いただいています。産業界・政府・大学の連携という観点からも、地域産業の発展に重要な役割を果たしている人物です。

また同書には、2025年前半に米国が実施した特別関税措置とメキシコ経済への影響、特に自動車産業への影響を分析した章も含まれており、いわば「関税狂騒曲」とも呼べるような通商政策の動きを検証しています。私自身は、近年のメキシコにおける司法改革やエネルギー政策をめぐる憲法改正についての法的分析を寄稿しています。

現在の国際経済研究では、しばしば「アジア=中国」という構図に議論が集中しがちです。しかしメキシコにとって日本は、経済・技術・投資の多角化を可能にする重要なパートナーです。とりわけ米国との関係が揺らぐ局面において、日本との協力はリスク分散と制度的安定性をもたらし、メキシコの国際的立場を強化する可能性があります。また日本企業は地域社会との長期的な関係を重視する傾向があり、中国とは異なる「社会的受容のモデル」を提示している点も重要です。
さらに、脱炭素化、技術革新、サプライチェーン再編といった世界的課題を考えるうえでも、日墨協力は中国一極集中ではない、より多元的で持続可能な国際連携モデルとして重要な意味を持ち得るでしょう。
このような観点から、日墨関係を研究する意義は依然として大きく、今後もより多元的で持続可能な国際協力の可能性を示す研究分野として発展していくと考えています。
統計資料
-Banco de México [Banxico] (2026) Cubo de información de comercio exterior. México: Banxico.
-Instituto Nacional de Estadística y Geografía [INEGI] (2026) Registro administrativo de la industria automotriz de vehículos ligeros. Venta de vehículos híbridos y eléctricos. México: INEGI.
-U.S. census bureau (2026) Harmonized system (HS) district-level data. USA: U.S. Department of Commerce.
岡部 拓(おかべ たく)
グアダラハラ大学経済経営学部正教授/日墨研究プログラム主幹(https://promej.cucea.udg.mx/)。成城大学法学博士・グアダラハラ大学法学修士。電子メール:taku213@cucea.udg.mx。専門はラテンアメリカ商事法・比較法。近時の刊行物については以下を参照:https://www.researchgate.net/profile/Taku-Okabe
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