「海外に挑戦したい」から始まった30年──JICAメキシコ小園所長が歩む国際協力の道

2026年5月、JICA(国際協力機構)メキシコ事務所長として着任した小園所長。保健医療や農村開発など幅広い分野に携わりながら、約30年にわたり中南米との協力を続けてきました。
海外で挑戦してみたい― 学生時代に抱いたその思いは、一人の青年をグアテマラへ導きました。そしてその経験は、今、日本とメキシコ、さらには中南米を結ぶ国際協力へとつながっています。今回MEXITOWNでは、小園所長にこれまでの歩みやメキシコへの印象、JICAメキシコ事務所の役割、そして日墨関係への思いについて詳しく伺いました。
<目次>
「ITか語学か」──国際協力への道
小園所長のキャリアのスタートは意外にもIT企業でした。
「大学を卒業した頃は、就職環境が厳しくなり始めた時代でした。当時は『これから仕事をしていくなら、ITか語学のどちらかは必要になる』と考えていました。私は理系だったので、まずはプログラミング会社に就職しました。」
一方で、「若いうちに海外で挑戦したい」という思いは、学生時代から心の中にあり続けたといいます。
大学では教員免許を取得していたこともあり、その経験を生かせる青年海外協力隊に興味を持ちました。そして、スペイン語が世界で広く使用されていることを知り、中南米への挑戦を決意します。
実は、それ以前から中南米との縁は少なくありませんでした。
小学生の頃には、ブラジルへ移住した母親の同級生から現地の硬貨を見せてもらい、遠い異国の文化に胸を躍らせました。さらに大学時代には、ウルグアイからの文部科学省国費留学生や日系アルゼンチン人県費留学生と交流する機会があり、中南米は自然と身近な存在になっていったそうです。
「振り返ると、小さい頃から少しずつ中南米との縁があったのかもしれません。」
そうした偶然の積み重ねが、人生を大きく変える最初の一歩につながりました。
「周りには学校しかない」――グアテマラで過ごした原点の2年間
1996年、小園所長は青年海外協力隊員としてグアテマラ・ソロラ県へ赴任しました。
配属先は教員養成学校。担当したのは数学と物理です。しかし、日本では教師として教壇に立った経験はありませんでした。
「午前中は授業をして、午後は翌日の授業準備をする毎日でした。スペイン語でどう説明すれば学生に伝わるのか、テキストを読みながら何度も考えていました。」
慣れない土地で、慣れない言語を使いながら授業を行う日々。赴任先は街から離れた場所にあり、周囲には学校以外ほとんど何もありません。
「ソロラ市内ですら私にとっては都会でした(笑)。たまに首都グアテマラシティーへ出て、ウェンディーズやポヨ・カンペロで食べるのが楽しみでした。」
現在のようにスマートフォンやインターネットが普及していない時代です。教員養成校の住宅用にJICAから設置いただいたラジオ電話で国内電話はできましたが、日本との連絡は郵便であり、休日の過ごし方も限られていました。それでも、見聞きする情報が少ないことでかえってゆっくりと丁寧に過ごすことができたと、前向きに受け止めていたといいます。
「本当に隊員活動に集中できました。」
学生にどう伝えれば理解してもらえるのか。
どうすればもっと良い授業になるのかを考え続けた2年間だったと振り返ります。
異国の地で教育に向き合い、人と向き合い、自分自身とも向き合った時間。その経験こそが、小園所長にとって国際協力の原点となりました。
そして、このグアテマラでの経験が、現在も変わらない一つの考え方へとつながっていきます。それは、「国際協力は、一方的に支援することではない」という信念です。グアテマラでの2年間を経て、小園所長はJICAの道へ進みます。
その後、ボリビア、ペルー、エルサルバドルなど中南米各国で経験を重ねる中で、国際協力に対する考え方も少しずつ深まっていきました。
「国際協力ではお互いに学び合い共創すること、そして受益国だけでなく日本にも貢献できることがとても大切だと思っています。」
日本の技術や経験を伝えるだけではなく、現地の人々の知恵や工夫から学ぶことも多いといいます。
「メキシコでも、水資源や環境、防災など、日本がこれから直面する課題を考える上で参考になる取り組みがたくさんあります。こうした学び合う関係こそが、現在のJICAメキシコ事務所の活動の根底にある考え方です。」
メキシコの課題と日系企業の技術をつなぐ

現在、JICAメキシコ事務所では、水資源、防災、環境、農業、人材育成など、幅広い分野で協力事業を進めています。
近年JICAメキシコ事務所は、日系民間企業やメキシコスタートアップ企業との連携を通じて、開発課題の解決や持続可能な発展への貢献を目指しています。例えば、農林水産分野、水資源分野、保健分野において、日系企業等が持つ技術は、メキシコの課題解決に貢献する可能性があります。
また、カリブ海沿岸で深刻化しているサルガッサム(海藻)の大量漂着問題についても、日系企業との連携による解決策が模索されています。
そして防災分野も、日本とメキシコが長年協力を続けてきた代表的な分野の一つです。地震研究や津波対策、防災センター(CENAPRED)との連携、人材育成など、その成果は中南米各国へも広がっています。
「防災はJICAにとって非常に重要な分野です。日本とメキシコが一緒に培ってきた知見を、中南米全体へ広げていきたいと考えています。」
小園所長は、JICAメキシコ事務所の役割を二つの柱で説明します。
一つは、メキシコが抱える課題に対し、日本の経験や技術を生かして解決を支援すること。そしてもう一つは、日本とメキシコが協力し、その成果を中南米全体へ展開していくことです。
後者の代表的な取り組みが、「日本・メキシコ・パートナーシップ・プログラム(JMPP)」です。メキシコで培われた知見を第三国へ共有するこの枠組みは、長年にわたり中南米地域の発展に貢献してきました。
「国際協力では、お互いに学び合いながら、新しい価値を一緒につくっていくことが重要だと思っています。そして、その成果は受益国だけでなく、日本の課題解決にも生かせることもあると考えています。」
小園所長が語るその言葉には、約30年にわたる国際協力の経験が込められていました。

メキシコで感じた「日本への信頼」
赴任後、まず印象に残ったのは、メキシコの人々が日本に対して抱く親近感の強さだったといいます。
「2026 FIFAワールドカップ(北中米大会)の日本対スウェーデン戦のパブリックビューイング会場で、日本について私自身が観戦者にインタビューをする機会がありました。本当に多くの方が日本に対して好意的な印象を持っていて、とても驚きました。」
その背景には、約130年に及ぶ日本人移住の歴史だけではありません。長年積み重ねられてきた日本企業の活動や、教育・文化交流など、多様な分野で築かれてきた信頼関係があると感じているそうです。
仕事の面でも、これまで赴任した中南米諸国との違いを実感しています。
「ボリビアやペルー、エルサルバドルでも勤務しましたが、メキシコは日系企業との連携が非常に活発です。JICAでも民間企業との協力案件が多く、新しい可能性を感じています。」
また、カマラ・メキシコ日本商工会議所をはじめ、日系企業同士の情報共有やネットワークが非常に充実していることも、メキシコならではの特徴だと話します。
日系企業、日系社会、行政、教育機関など、多様な人々がつながりながら日墨関係を支えている――。それが小園所長がメキシコで最初に受けた印象でした。
「KIZUNA」が教えてくれた、日墨を結ぶ130年の歴史
着任直後の5月、小園所長が最も印象に残った出来事の一つが、レオンで開催されたメキシコ日系社会大会(CONANI)への参加でした。
中でも心を動かされたのが、日本人移住の歴史を描いた演劇『KIZUNA』です。
「移住者の苦労からメキシコ革命、戦争の時代まで、130年の歴史が非常に分かりやすくまとめられていました。今の日墨関係が、多くの先人たちの努力の上に築かれていることを改めて実感しました。」
これまでペルーやボリビアなど、各国の日系社会とも関わってきましたが、メキシコではまた異なる魅力を感じているそうです。
「演劇だけでなく、若い日系人たちがアイデンティティや将来について議論するプログラムもあり、とても興味深かったですね。」
さらに、若手日系人グループ「Vibra Joven」の活動にも強い印象を受けました。
13歳から20代前半の若者たちが、自ら企画・運営し、日本とのつながりや日系社会の未来について主体的に考えている姿を見て、「日墨関係の未来は明るい」と感じたといいます。
「健康と安全」がすべての土台
インタビューを通して何度も口にされた言葉が、「健康と安全」でした。
「事業を進める上でも、まず健康と安全があってこそです。それが土台になって初めて、良い協力ができます。」
メキシコで暮らす日本人にとっても、治安は気になるテーマです。
小園所長は、「必要以上に怖がる必要はない」としながらも、基本的な安全対策の大切さを強調しました。
「どこの国でも注意は必要ですが、メキシコでも基本的なことを守ることが大切です。私自身も、健康と安全を第一に考えながら活動しています。」
その落ち着いた語り口からは、数多くの海外赴任を経験してきた国際協力のプロとしての実感が伝わってきました。
山田錦がメキシコで育っていることに驚きました
仕事の話が続いた後、話題はメキシコの食文化へと移りました。
小園所長は、タコスやエンチラーダ、ポソレ、チャプリネスはもちろん、サボテン(ノパル)も普段から食べているそうです。
「地域ごとに食文化が全然違うので、まだまだいろいろな料理を食べてみたいですね。」
中でも特に驚いた出来事として挙げたのが、メキシコ産日本酒との出会いでした。
「山田錦がメキシコで栽培され、本格的な日本酒が造られていることを知って、本当に驚きました。品質も高く、日本酒文化がしっかり根付いていることを実感しました。」
と笑顔を見せます。
「これは単に日本文化が海外へ広がったという話ではなく、日本とメキシコが一緒になって新しい価値を生み出している象徴だと思います。」
さらに、今後はオアハカでメスカル、ハリスコでテキーラ、バハ・カリフォルニアではワインなど、各地ならではの文化にも触れてみたいと話してくれました。
今を楽しみ、ポジティブに!

最後に、MEXITOWN読者へのメッセージをお願いすると、小園所長は少し考えた後、穏やかな笑顔でこう語ってくれました。
「日々楽しんでください!仕事もいろいろあると思いますが、まずは目の前のことに集中して、その中で楽しみを見つけることが大切だと思います。基本的にはポジティブに過ごしていただければと思います。」
そして、日本とメキシコの関係についても期待を寄せます。
「日本とメキシコは地理的には遠く離れていますが、人を大切にすることや家族を重んじる文化など、多くの共通点があります。政府だけでなく、企業や大学、日系社会、そして一人ひとりの交流が、両国の絆を支えています。」
今年、FIFAワールドカップ(北中米大会)での日本代表戦で、メキシコの人々が日本を熱心に応援する姿を目の当たりにし、改めてメキシコの親日ぶりを実感したそうです。
「私自身も、この国で暮らし、働き、学ぶ一人として、メキシコの魅力をこれからも発見し続けたいと思っています。」
技術や資金だけではなく、人と人との信頼が未来をつくる──そんな思いが、今回のインタビューを通して強く伝わってきました。
経歴
鹿児島県出身。大学卒業後、民間企業勤務および青年海外協力隊(グアテマラ派遣)を経て、1999年にJICA入構。ボリビア、ペルー、エルサルバドルなど中南米を中心に、担当者として保健医療、農村開発、調達業務等に従事。2026年5月よりJICAメキシコ事務所長。趣味は旅行。
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