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「若手の優秀な人材の育成と確保こそが、メキシコの課題」松本安弘教授

  • 2022年10月24日
  • 読了時間: 11分

今回はメキシコのCentro de Investigación y de Estudios Avanzados (CINVESTAV)の松本安弘教授にインタビューをしました。メキシコに住んで50年以上。人生の大半をメキシコの学術界で過ごした松本先生。実は勉強が嫌いだったという幼い頃の話から、次世代の研究者や若い方々へのメッセージまでいただきましたので、是非ご覧ください。

<目次>

学校の勉強は苦手、いつも担任の先生に叱られていた

ーメキシコに来られて50年近くたつ松本先生ですが、小学生までは日本で生活をされていました。

松本先生:私は大阪府の出身です。メキシコに来る前の私は、担任の先生から授業が終わった後もよく𠮟られるくらいやんちゃで、勉強は苦手でした。そんな私が今メキシコで大学の教授をしていると知ったら、当時の担任の先生やクラスメイトはきっと驚くかもしれません。勉強は苦手でしたが、唯一好きな分野がありました。天体や星、太陽や惑星など天文学に興味がありました。また、天文学の後には海洋関係にも興味を持ち、深海にはどういった生き物が生息しているのかを調べたいと思うようになりました。大勢の人間の頭脳を集め、何千年かかって研究しても偉大なる宇宙や自然の謎などは残っていくのではないかと、その頃から感じていました。


1968年父の仕事の関係でメキシコに来ました。当時の私は小学4年生でした。父の仕事は当初5年間の予定でしたが、中学生になっていた私にとっては日本に帰って生活するよりも、メキシコで生活する方が合っているのではないかと家族が思い、私たちはメキシコに残ることに決めました。


ーそんな先生でも、当初メキシコに来た頃は慣れるまで苦労をされたとか。


松本先生:そうですね。メキシコに来た頃はスペイン語で「おはよう」「ありがとう」くらいしか話せなかったです。日本とまるで違う環境でしたので、いわゆるカルチャーショックを受け、来てからの2~3か月間はトルティーヤを食べてもすぐに吐き出したりして口に合いませんでした。その後1年くらいするとスペイン語も話せるようになり、友人も近所付き合いも増えたので、不自由に感じることはありませんでした。トルティーヤにもすっかり慣れて、メキシコの料理もとても美味しくいただいています。当時は、両親と兄、姉、私の五人家族でしたが、両親も兄も既に亡くなり、姉はロサンゼルスに暮らしていますから、当時の家族のうち、私だけがメキシコに残ったことになります。


太陽の国メキシコで、太陽電池の応用を研究し続けてきた


ー現在専門とされている研究分野を始めようとしたきっかけを教えてください。

松本先生:幼い頃から機械や工作が好きで、乾電池で動くモーターにも興味がありました。勉強は嫌いでも、こうした工作は大好きだったんです。中学・高校時代は現地校での授業のあと、電気卓上計算機のメンテナンス・サービス業でアルバイトをしていました。MEXITOWNの多くの読者の皆様はご存じでないかもしれませんが、1970年代に世界で初めて販売された電卓の重量は4~5キロもあり、四則計算しかできないものでした。しかし当時は大変貴重なものでしたから、メンテナンスやアフターサポートが出来るのはとても役に立っていたのです。このアルバイトで電子工学に目覚めました。


その時代は半導体技術が発展し始めた頃で、年を追うごとに進化し、より半導体素子が小さくなり機材も計量化していったわけです。1980~90年代にパソコンなどが普及したことにより、半導体素子である、ICチップ、(集積回路)、CPU、(USBを含むメモリー素子)などが多く使用されるようになりました。現代人の生活に欠かせないiphoneなどのスマートフォンは、こうした技術が詰め込まれ、それぞれの一番いい利点を集約したものです。ただ、それが今では当たり前のようになってしまっていますが、一昔前までは考えられない夢のような存在だったのです。

その後メキシコのポリテクニコ大学(INSTITUTO POLITECNICO NACIONAL)で電子通信の専門を専攻しました。当初は半導体素子を学んでいましたが、修士課程で半導体、特に太陽電池に集中して研究を進めました。メキシコは太陽の国です。太陽電池など、太陽の利点を活かした技術を大いに応用をすれば素晴らしいのではないかとこの頃から考えるようになりました。


その後、ラテンアメリカ科学技術センターやJICA関連の研修制度などで日本の企業や大学などに滞在する機会をいただき、太陽光電池とその応用の研究を更に進めていきました。そして1990年に大阪大学で博士号を取得しました。



ーメキシコでも太陽電池の技術を活用できるのに、未だ普及していないと思われるところがあると思われます。


松本先生:1980年代のメキシコでは、地方の村に行くと、例えばプエブラやチワワなどの山奥ではまだ電気が供給されていない村が多くありました。そうした集落では夜になるとろうそくや灯油ランプを使用していましたので、電灯など光を出す機材を見たことの無い人々が大勢住んでいました。現在でもメキシコ内では 4~5百万人の家庭に未だ電気の供給がされていません。


近年は技術がもう一歩進み、2014年に日本人3名がノーベル物物理学賞を受賞したことでも話題になりましたが、半導体の基礎研究から得られた成果といえる発光ダイオード(light-emitting diode: LED)が世界で普及しつつあります。こうしたLEDの技術を、インフラの安定していないメキシコの山岳地帯にどんどん普及できないかと考えています。また、太陽電池を使って、効率の良い照明だけではなく、バッテリーともあわせて、電波中継などで小中学校などへのTV教育や、農業用の灌漑システム、ワクチンの冷蔵や医療器具の利用にこれからも様々な分野で太陽電池の活躍は期待できると思います。 


文化的にマッチングしにくいところはあるが、それを乗り越えて国際交流を


ーメキシコでの研究活動が長い先生ですが、先生から見たメキシコの研究者と日本の研究者の違い・研究手法の違いなどがありましたら教えてください。


松本先生:日本とメキシコとの研究者の違いは、一言では表現しがたいですね。


まず、メキシコの研究者はそれぞれ個性が強いように思います。そのため、目標を共有して目的に向かうことがあまり見受けられません。ここが日本の研究者とは違います。日本の研究はどちらかというと個々で取り組むよりも、グループで取り組むことの方が多い印象です。また、日本人の研究者は、周りに気配りをしながら物事を進める傾向にありますが、メキシコ人の研究者は物事を進める際、あまり周りに対して気遣いをしないです。


私の日頃の仲間の大半はメキシコ人です。50年たった今でも、彼らがどう考えて、どう意識しているのか、未だに分からないこともあります。メキシコ人のことについて充分知ってる、分かっているといっても毎日が勉強、そしてまた勉強。人生何でもずっと勉強です。それが普通かもしれませんが、メキシコの場合は政治などが絡むと未知数です。 


だからといって日本人が全ていいかというと、そうとも言い難く、ただメキシコ人とはかなり対照的なところがあるのですね。メキシコ人・日本人、それぞれにプライドもあるため、文化的にマッチングがしにくいところもあります。しかし、そればかりを考えていては国際交流はできません。


ーメキシコは学術研究にあまりお金を費やさないと聞きました。


松本先生:学術研究に国家予算をあまり費やしていない点に関しては、メキシコはまだ途上国と思います。研究費に与えられた予算が少ないため、計画的に研究を行うことが限られてきます。そのため研究一つをとっても進展がとても遅く、なかなか最後までやり遂げれません。こうした点はメキシコ国内に基礎的な設備やインフラが整っていないことに関連しており、研究で扱う分析機器や装置のメンテナンス不足などもあり、結果として予算が少なくなります。実はメキシコは、科学技術の開発資金はラテンアメリカ諸国の中でブラジルやウルグアイなどと比べても少ないです。全ラテンアメリカとカリブ諸国の平均と比べても、教育機関、研究機関の予算が乏しいです。メキシコは、ラテンアメリカ諸国の中では大国であるため、もう少し予算があるかと思っていたら、意外にも少ないことに驚く研究者は少なくありません。 


新しい研究をしていくためには、若手の人材確保が最大の課題


ー研究費が不足していることにも関連し、優秀な人材がメキシコから海外へ流出していくと伺いました。

松本先生:メキシコ人学生でも優秀な学生は奨学金を利用して国外に留学し、国外で学位を得てもメキシコに帰ってこない方が多く、メキシコ国内の優秀な、人材不足に繋がっています。 


メキシコ人の研究者の留学先として最も多いのはアメリカです。その他、ヨーロッパ各地(ドイツ・フランス・イギリス・スペインなど)に留学する学生が多いです。10数年前からこうした現象を学生と話していましたが、メキシコ政府が科学技術研究分野に力を入れ国内で各専門の研究施設、予算を増やさない限り続くのではないかとみています。

また、研究者の年齢も高齢化の傾向にあります。私の所属する研究センターの平均年齢は64~65歳で、新しい研究員を昨今は採用していません。予算の関係もありますが、新しい知識で新分野を研究することがなくなることにもつながりますので、かなり深刻な問題となっています。 

メキシコには新しい研究や基礎的な研究が必要ですが、折角いい機材を揃えても基本的なインフラが整っていないため、停電が起こると機材が台無しになるケースもあります。インフラ関係の設備をしっかりしないと何をやってもうまくできないので、メキシコの科学技術庁には継続的に取り組みが出来る堅実な組織になってほしいと願っています。 


ー反対にメキシコに来る留学生の特徴を教えてください。


松本先生:これまで私が受け持ったケースでは、インドから3名の学生を受け入れました。研究所内では大勢のインド人学生が在籍しています。メキシコ政府から奨学金をもらい、博士課程を取得し、メキシコに残って研究の仕事をしている人もいます。それはインドの方が研究を活かして良い仕事に就くのが難しいからだそうです。ひと昔前までは、コロンビアやキューバからの優秀な学生が多かったです。その後、彼らは母国に戻りましたが、その他の南米からの学生はあまり来なかったように思います。

また、メキシコの学術交流についても少し触れたいと思います。


メキシコでも、ヨーロッパやアメリカ、日本の研究会の方々と国際会議などを通して交流があります。リゾート地のイメージが強いカンクンでも、毎年国際会議が開催されます。世界中から何千人単位での研究者が来て材料を主とする大きな国際会議が25年くらい前から続いています。カンクンでの学術会議は午前9時から午後の6時までずっとホテルのサロンで開催されるため、外の美しい海やリゾート気分をなかな味わえないのは少し寂しいところもあります(笑)。



どんな情報でも手に入る時代。その利点を大いに活用してください


ー今後、研究者を目指す次世代の方へのメッセージをお願いします。


松本先生:先ほども申し上げました通り、研究費が少ない状況ではあるのですが、それでもできる範囲で物事を進めていくことが大事です。メキシコは学生を人材として育成すべきです。現在はインターネットを通し、バーチャル国際会議に気軽に参加できる時代になりました。飛行機・交通・宿泊なしでもバーチャルで参加できますので、どんどん世界を広げてください。また、他国の研究者の資料や論文にも簡単にアクセスが可能で、多くの情報を取り入れることが出来ます。こうした背景があるので、他国との共同研究はもっと可能になってくるのではないかと考えています。 


以上が、50年間ほどメキシコに滞在してきた私からの意見として捉えてただければと思います。


ー本日はありがとうございました! 


経歴:

松本 安弘(Yasuhiro Matsumoto)


1958年  大阪で生まれる

1982年  メキシコ国立工科大学(IPN)、電子通信部卒業

1984年  メキシコ国立工科大学大学院研究センター(CINVESTAV)

電気工学部修士課程卒業

1985年~  同研究センター就職、太陽電池パイロット生産部

1985~86年 京セラ(株)、及び大阪大学にて研究

1989~90年 大阪大学基礎工学部電気工学科、論文博士獲得

1991年~   メキシコ国立工科大学大学院研究センター主任研究員

1994~95年 東京工業大学電気電子部、及び産業技術総合研究所、筑波市にて研究

2001 年  ハリスコ州グアダラハラ市、ON SEMICONDUCTOR (株)にて半導体パワーデバイス製造工程の向上、特別研究員スタッフ

2012~14年 科学技術省(CONACYT), エネルギー源ネットワーク、委員長

2012年~  電気設備標準化協会(ANCE)太陽電池システム標準化委員

2013年   岐阜大学、未来型太陽光発電システム研究センターにて客員教授

2017年~  メキシコ科学アカデミー(AMC)メンバー


受賞歴:

1992年  日本太陽エネルギー学会、論文賞受賞

2006 年   メキシコエネルギー省(SENER)、国家再生可能エネルギー賞受賞


日系社会貢献

1996~97年  日墨学院(Liceo Mexicano Japonés)理事

2005~15年  日墨協会理事

2021年~現在 同協会副会長


趣味:登山など

編集後記


「生い立ちについてお話しください」とお伝えした時に「昔は勉強が苦手でした」と松本先生からまさかの一言が入ってきて大変驚いた印象があります。幼少期は勉強が嫌いだった先生も、天文学や電池に興味はあったので、好きなことを集中して勉強する精神が現在の先生の研究理念に繋がっていたのだと思いました。


40年以上メキシコの学術界に身を置いてきた先生だからこそ、メキシコの人材不足・そして人材不足が起こる理由を的確に分析しているため、説得力がありました。若手に対するメッセージも先生ならではで、便利な世の中にいるにも拘わらず、積極的に行動を起こさなくては駄目なんだということを改めて実感しました。

執筆者紹介:




温 祥子(Shoko Wen)

MEXITOWN編集長兼CEO。メキシコ在住5年半。MEXITOWN立ち上げて今年で3年目に突入。これからも様々なジャンルの方をインタビューしご紹介していきます!趣味は日本食をいかにメキシコで揃えられる食材で作ることができるか考えること。日本人の方が好きそうな場所を探し回ること。



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