メキシコに導かれ、歌に生きる:オペラ歌手 松藤夢路が語る「自由」と「声」の物語
- 3月5日
- 読了時間: 6分

7歳で歌と出会い、ヨーロッパの厳しいオペラの世界を経て、今はメキシコの太陽の下で歌う――。
メキシコシティを拠点に活動する日本人オペラ歌手・松藤夢路(まつふじ ゆめじ)さんは、「歌うこと」を人生の相棒だと語る。
オペラの本場・ヨーロッパ、日本、そしてメキシコ。
異なる文化の中で歌い続けてきた彼女が感じたこと、迷い、支えられた瞬間、そしてこれからの夢とは。
20の質問を通して、松藤夢路さんの“声の奥にある人生”に迫った。
1.オペラ歌手を志したきっかけは?
7歳からNHK児童合唱団に入っていて、歌うことが当たり前の環境で育ちました。
18歳で進路に迷ったとき、友達に言われたんです。「せっかく人にない武器を持っているんだから、それを使わないともったいない」って。その一言に背中を押されました。気づいたらオペラ歌手になっていた、という感覚ですね。
2.最も自分に近いと感じた役は?
メキシコでの初めてのリサイタル、オペラ『カルメン』主役デビュー。
『カルメン』かもしれません。
自由を愛するジプシーの女性で、性格的にもすごく似ている気がします。長い黒髪という見た目も重なりますし、声もぴったり。
メキシコではカルメンの公演がとても多くて、「導かれているな」と感じる役です。
3.音楽人生の大きな転機は?

学生時代、初めて受けた学外のオーディションが小澤征爾先生のオーディションでした。
まさかの合格で、小澤征爾音楽塾に参加し、長野県・松本市で行われるフェスティバルへ。ベルリン・フィルの音楽家たちが集まる世界を目の当たりにして、「こんな世界があるんだ」と衝撃を受けました。もっと知りたい、と思った原点です。
メキシコで長野県人会で歌う機会があったことも、その頃のことと何か繋がっているのかと思いました。
4.ヨーロッパ・日本・メキシコの音楽文化の違いは?
ヨーロッパではクラシックが生活に根付いています。ドイツではラフな服装で気軽にオペラに行きますし、ウィーンには5ユーロほどの立ち見席もあって、学生時代によく通いました。
日本は少し「構えてしまう」印象がありますね。
メキシコでは、クラシック音楽を初めて聴く方でも好奇心を持って楽しんでくださる。反応がとても素直で温かいです。

5.一生向き合い続ける課題は?
健康ですね。喉だけでなく、心の健康も。
心が元気じゃないと、声も出なくなることがあります。
ケアはシンプルで、温かいお湯にはちみつとライム、生姜。また、年末年始でドイツに行ったときは、ろうそくの灯りで静かに過ごす時間も大切にしていました。
6.ヨーロッパで最も鍛えられたことは?
イタリア留学です。さわかみオペラ芸術振興財団の奨学金で1年間学び、レッスンのために往復2時間かけて通いました。
トリエステのヴェルディ劇場で舞台に立つ経験もできましたが、イタリアは本当に厳しい世界。ブーイングも日常茶飯事で、いつ仕事を失うか分からない緊張感がありました。
イタリア『トリエステ・ヴェルディ歌劇場』にて、オペラ出演時、リハーサル、カーテンコール、コンサート写真。
7.今も影響を受けている音楽家は?

ドイツで出会った歌の先生、Lavinia Chereches 先生です。
発声や技術が自分にとても合っていて、今でも思い出しながら歌っています。
ドイツ・ベルリン在住時に出演しま平和をテーマにしたコンサートで広島・長崎の原爆を題材にした曲を歌ったときのもの。
8.日本人であることを意識した瞬間は?
イタリアに行ったばかりの頃ですね。
感情表現がとてもオープンで、日本人の「内にためる」感覚との違いに戸惑いました。
9.若い頃の自分に声をかけるなら?
「毎日が宝物だから、五感で全部感じなさい」と言ってあげたいです。
10.ヨーロッパを離れた理由は?
パンデミックです。ヨーロッパはその当時国内外への移動も管理も厳しく、息苦しさを感じてしまって。自分の感覚とは合わないと思いました。
11.メキシコに拠点を移したきっかけは?
息苦しさを感じたパンデミックの時、制限の少ない国を探してメキシコに来ました。
飛行機がキャンセルになり、気づけばメキシコに7週間滞在。その時の経験が今思うとターニングポイントでした。その後ドイツに戻りましたが、冬になるたびにメキシコの太陽を思い出して、「あ、これは私、メキシコに呼ばれている!?」と感じたんです。直感には逆らえないタイプなので、「じゃあ行こう」と。
オペラ『蝶々夫人』出演時のもの。リハーサルの時に誕生日が重なりサプライズでケーキを頂く。
12.メキシコの観客の反応は?
とてもダイレクトです。
終演後にお話しすると、目をキラキラさせて感想を伝えてくれる。それが本当に嬉しいですね。
13.印象に残っているイベントは?
ウアスカで行った、20名ほどのプライベート・クリスマスコンサートです。
距離が近く、目を見ながら歌う緊張感がありましたが、その分、音楽を丁寧に届ける喜びがありました。
14.広がった音楽的可能性は?
マリアッチをメキシコで聞いた時に音楽の可能性を感じました。日本の曲をマリアッチ編成で歌ったり、ジブリ作品をリクエストされたり。
いつかピラミッドの前で、ナワトル語で歌ってみたいという夢もあります。
15.スペイン語で暮らす面白さは?
言語が変わると性格も少し変わる気がします。
成長に気づいてくれたり、久しぶりに会った人が声をかけてくれたり。人との距離が近い言葉だなと感じます。
(写真左)ケレタロでの夏祭り出演時
(写真右)整形外科医の多富廉志先生のお力添えで実現した、メキシコTelevisa生放送にて日本大使館の廣田司公使と君が代演奏。
16.舞台前のルーティンは?
特にないですが、前日はしっかりお肉を食べます。
魚よりステーキ(笑)。アルコールは控えて、睡眠重視です!
17.声が出ない日は?
とにかく寝る、汗をかく、水分をとる。
声を休めるためにも睡眠は一番大切ですね。
18.やめたいと思ったことは?
パンデミックのとき、ありました。
歌わずに7週間過ごしたメキシコ滞在を経て、ドイツに戻ったとき、「やっぱり歌いたい」と自然に思えた。
今思うと、あの時メキシコが、私を救ってくれました。

19.今、オペラで伝えたいことは?
オペラは総合芸術で、生きる楽しさが詰まっています。
音楽だけでなく、衣装、演技、空間、人との交流…。
「こんな楽しい世界があるんだ」と感じてもらえたら嬉しいです。
20.夢路さんにとって「歌うこと」とは?
相棒です。
いつも隣にいて、守ってくれる存在。
歌があるから生きていけるし、これが私に与えられた使命だと思っています。

プロフィール
松藤夢路(アーティスト名Yumi Matsufuji)
東京藝術大学声楽科卒業。学生時代から小澤征爾氏の公演に出演。イタリアのトリエステ・ヴェルディ劇場にて海外でのオペラデビューを果たす。その後ドイツを経て、メキシコに移住。自分を二言で表すと好奇心旺盛、天真爛漫。

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