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(後編)伊藤亮氏「日本の常識はメキシコでも通用する常識か」

こんにちは。今回はメキシコ在住歴45年・Jetrac代表の伊藤亮氏にインタビューをしました。18歳の時にメキシコに渡り、メキシコ国立自治大学(UNAM)で経済学を習得し、長年住友商事メキシコでご勤務されたのち、その経験を活かして2002年にJetrac(Japan External Trade Consulting, S.C.)を設立されました。


インタビュー後編では、伊藤氏からの日系企業で働く方へのアドバイスや、メキシコ在住の日本人の読者の皆様へのメッセージを頂きましたので、特にメキシコ人とのコミュニケーションで悩んでいる方には必見です。それでは、どうぞ。


インタビュー前編はこちら

 

<目次>

 

人任せにせず、管理・監督をしっかりと行ってほしい


ー次に、伊藤さんの専門分野の観点から、日系企業で働く方に気を付けていただきたいことをお話しください。


伊藤氏:言いたいことは沢山あるのですが(笑)、先ず、私の仕事上の話で言えば、ひとつには、日系企業の経営スタッフの方々はもっと物流、特に通関部分に関して興味を持ち、管理・監督をしっかり行って欲しい、と言う事ですね。


我が社の重要な業務の一つにお客様の物流及び通関関連業務の第三者監査と言うものがあり、これはお客様のこれら業務の書類をランダムにピックアップして閲覧させて貰い、通関業務を中心に、法律に基づき正しく通関が行われているか、から始まり、社内の業務フローは適切なものか、また、担当者の知識レベルは妥当なものか、などの点までチェックし、改善点とともにレポートを提出する、と言うものです。


この業務の一環で気づくのは、日本人経営スタッフの方が物流や通関業務をメキシコ人の課長クラスのスタッフや担当者などに任せてしまっており、ミスがあっても全く気づかず、問題が大きくなってしまう、と言うケースが多々ある、と言う事です。


ー例えばどのようなところで問題になるのでしょうか。


伊藤氏:問題は色々ありますが、矢張りミスを見逃していたために後々大きな問題になるのは通関関連のミスです。


例えば、日本人スタッフがメキシコ人の部下に対して「どう?最近問題ない?」と聞いたとします。その際にメキシコ人スタッフの答えは大概「問題ないです」と答えるでしょう。


しかし、そう聞いて安心してはいけません。実は、問題があってもこのような答えが返って来る可能性がかなり大きいと見ています。と言うのも、2つのケースがあり、ひとつは、「問題がある」と答えてしまうと叱られる、と思い、意識的に隠そうとするケースです。


そして、こちらのケースの方が怖いのですが、その担当者自身ミスに気づいておらず、当面のところ SAT(大蔵公債省納税庁)から問題を指摘されてはいないが、時間が経てば経つほど大きな問題として突然 SAT の監査で発覚し認識される可能性がある、と言うケースです。


ー日系企業の中でそのような問題になったところはあるのでしょうか。


伊藤氏:私が監査した企業の中で一社、未払税金やそれに関わる罰金、追徴金、また現状化のための金利を含めると SAT に対して数百万ドルのオーダーの金額を支払わなければならない、と言うケースもありました。


勿論、この監査の結果、SAT に対して発覚する前に対応出来た訳ですが、それがなかったら大変なことになっていたと思われます。


また、ある商社さんでは、これは我が社のお客さんではないので、ある信用出来る筋から聞いた話として認識頂きたいのですが、ここの読者の皆さんも御存知の IMMEX(輸出促進プログラム)の管理がおろそかであっために、SAT に対して 200万ドルも支払わなければならなかった、と言う事です。


通関関連のミスは税金に関わる問題であり、放置しておくと雪だるま式に追徴金や現状化の金利が増えていくので、注意してほしいと思います。


「餅は餅屋」が通用しない


ーその他、お仕事の関連で日本人の皆さんに知っておいて欲しいと思うことはありますか。


伊藤氏:これも私が行うセミナーで口を酸っぱくしてお伝えしているのですが、日本で言う「餅は餅屋」が通用しない、と言う事です。


日本であれば、通関手続きは専門家である通関業者、いわゆる「乙仲」に任せれば良い、と言う部分が大きいのではないかと思いますが、勿論、メキシコにも信用出来るしっかりした通関業者もいるにはいるものの、多くの通関業者の場合、単に任せておいて大丈夫と言う事があまりありません。


理由はいくつかありますが、通関士(通関士ライセンスを持っている個人)は確かに国家試験を受け、合格したからこそライセンスを持っているはずですが、日々の業務を任されているオペレーションスタッフは往々にして最新の法規制の改訂に関するセミナーや社内トレーニングなどを受けておらず、知識が不足しているケースがあります


更には、「長年同じ通関業者と付き合っているので、何か問題になったら助けてくれるだろう」と言う期待も裏切られることがあります


先に述べた、私が監査を行った日系企業のケースでも、ミスの内一定の部分は10年以上付き合ってきた通関業者が犯したものだったのですが、それを指摘しても「知らない、関知しない」の一点張りでした。


今では Ley Aduanera(税関や通関を規定している法律。「関税法」と訳す人も多い)も法改正により削除されましたが、以前は通関士になるための要件の一つが「評判の良い人」(tener buena reputación)というものでした。つまり、もう100年近く前から通関士という職業についた人は街の有名人、有力者だったわけです。


若しメキシコの法廷で裁判にでもなったら、このような「評判の良い、しかもメキシコ人」と日本では大企業であってもメキシコでは知られていない日系企業が「言った、言わない」の議論をした場合、どちらが勝つかは明らかでしょう。


「専門家に任せていれば安心」と言う事はない


ーそのようにお聞きすると、日本がメキシコでビジネスを行う際に通関業務が大きなリスクになりうると言う事で、背筋が寒くなります。他にもありますか。


伊藤氏:通関業者だけではなく、民族系、つまりメキシコ企業のコンサルティング会社も結構いい加減だったりします。


これも私が監査を行った、モンテレイ近郊の日系企業のケースですが、そこでは通関業務を行うために、ある民族系のコンサルティング会社から人を一人出して貰い、その人が通関業者とのコミュニケーションを通じて通関業務を行っていました。つまりアウトソーシングと言う形態です。


当然、この会社の日本人経営スタッフの方々は、さすがにコンサルティング会社から人を出してもらっているので通関実務のミスはまずないだろうと思っておられたのですが、私が監査をしてみると、普通の会社と同じくらいのミスがあれよあれよという間に見つかりました。


ここでも、「専門家に任せていれば安心」と言う事はない、と言う事が判ります。


つまり、通関業者、コンサルティング会社、或いは自社社員であるスタッフでも良いのですが、その人達もミスを犯す可能性はあるし、ミスを犯しても自分自身気が付かないケースも多々あるので、彼らを間近に管理監督する必要がある、また、その為にも日本人経営スタッフの方々もある程度の貿易や通関に関する知識を持っておく必要がある、と言えると思います。


また、管理・監督の話が出たのでついでに申し上げれば、どうも日系企業の中できちんと社内文書を整えているところが少ないように見受けられます。


ーどのような社内文書でしょうか。


伊藤氏:例えば、通関業者に仕事を与えている、また、何万ドル、或いは場合によっては何十万ドルの商品価格の船積みを任せているわけですから、通関業者との契約書があって当然と思いますが、このような通関業者との契約書がちゃんと存在しているかと監査の際に聞くと「そんなものはない」と言う答えが返って来ます。では、どうしているかと聞くと、「彼らの見積書に承認のサインを担当者が入れた」など言う、私から見たら情けなくなるような回答が出てきます。


見積書に承認のサインをした、と言うだけでは、価格を承認した、と言う事にはなるでしょうが(注:厳密に言えば、担当者レベルで見積書にサインしても法的代表権がなければ契約は成立しない)、正規の契約書に当然謳われるような、通関業者の義務や責任はどこからどこまでか、と言う事は殆ど触れられていないまま契約関係が成立してしまっている、と言えます。


契約書もそうですが、そもそも通関業者をどのように選定するか、と言うマニュアルも存在せず、担当者が「以前働いていた会社でこの通関業者を使っていたから」と言うような、甚だ心もとない理由で、自分のお気に入りの通関業者を起用したりします。このような場合、通関業者と自社スタッフの間に癒着の問題も発生しうるので注意すべきだと思います。


その他、運輸規定もない、在庫管理のためのマニュアルや輸入通関マニュアルも存在しない、など枚挙にいとまがないですが、何か事故(SAT に対する問題と言うような事故に限らず、貨物が損傷する、作業員が怪我をする、と言うような事故もそうですが)が起こったら、下手をすれば、日本の新聞にも社名を入れた記事が載る、と言う可能性もあるわけですね。そのような可能性も考え、ガバナンスの観点から管理のための社内文書は出来るだけ早い内に整備しておいたほうが良いと言えるでしょう。


日本の常識を捨て、メキシコで通用する常識かを考えること


最後に、メキシコに在住の日本人の読者の方へメッセージをお願いします。  

 

伊藤氏:やはり、日本の常識を捨てて下さい、ということです。


私は異文化セミナーの講師をしていたことがあり、そのセミナーの中では、メキシコ人はメキシコ人たちだけ集め、日本人スタッフは彼らだけ集めて個別に種々相手側の人たちと仕事の上で付き合う際に問題になることを洗い出したりしました。そこで、メキシコ人スタッフが抱えている問題の一つに「工場の配管の色が日本の工場と違うと言う事で日本人スタッフから叱られた」と言うのがありました。彼によれば、メキシコでは法律で水道管はこれこれの色で、また、圧搾空気の配管はこの色で、などと全て決まっているが、それを日本から来た派遣員の人はなかなかわかってくれない、と苦言を呈していたのを覚えています。


このように、「日本の工場ではこうやっていたから」とか「日本の本社ではこうしていた」と言うのは理由にはなりません。それがメキシコでも通用するかどうかはじっくりメキシコ人スタッフと協議し、通用するのであれば日本流にすれば良いし、そうでないのであればメキシコのやり方に変えなければいけないでしょう。


要は、柔軟な対応が求められると言う事ですが、その辺りを感覚的に理解している日本人の派遣員の人はかなり少ないのではないかと言う気がしています。


タクシー強盗の中でも少し触れていますが、文化というものはそれこそ食事の仕方、トイレの使い方から始まり、人との付き合い方、仕事の進め方など全てに於いてその違いが影響して来る、と肝に銘じ、「メキシコ人は馬鹿だから判ってくれない」などと馬鹿にするのではなく、日本人スタッフが、自分自身が「常識」と考えているものが本当にメキシコで通用するものなのか、ひょっとしたら日本の中でだけ通用するものではないなのか、などと常に考える必要があるように思います。  

   

ー大変貴重なお話の数々、ありがとうございました!

 

経歴:


1958年 東京生まれ。

1976年 都立文京高校を卒業後訪墨。

1977年 メキシコ国立自治大学(UNAM)経済学部入学

1984年 卒論終了、卒業試験合格、家内とともに帰国

1986年 メキシコ再訪

1987年 メキシコ住友商事入社、産業機械部、通信電子部、自動車部などを経て運輸部部長

1994年  Sumitrans de Mexico(住友商事物流子会社)設立とともに初代社長就任

2002年  Japan External Trade Consulting, S.C.(Jetrac)設立。以後社長を務める。


 

編集後記


前編・後編に分けたJetracの伊藤様のインタビュー。まだメキシコの大学で勉強するということが珍しかった時代から渡墨し、メキシコで大学を卒業。ご家庭を持ち、起業もしてという人生を歩まれてきました。タクシー強盗のお話は普通であればもう思い出したくないほどに辛い経験のはずです。しかしそれを痛快に語っていただいたことが、さすがメキシコから大学時代から過ごしてきただけに、少しのことでも挫けない精神がある方だと感心しました。日系企業や在留邦人の方へのアドバイスもどれも非常に的確で、分かりやすくお話しいただきました。そんな伊藤様の会社情報は以下の通りですので、ご興味のある方は是非直接ご連絡をお願いします。

 

会社情報・お問い合わせ先


Jetrac(Japan External Trade Consulting, S.C.)

住所:Av. Del Rosal No. 47 - 4, Col. Molino de Rosas C. P. 01470 México, D.F.

Telefono : (55) 5660-6604

 

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