今回は特別インタビューとして、JICA(Japan International Cooperation Agency、国際協力機構)メキシコ事務所の坪井所長にご登場いただきました。
JICAメキシコ事務所は2022年で設立49周年を迎えます。インタビューの中では事業紹介、現在進行中のプロジェクトのご紹介や2021年10月より着任された坪井所長のメキシコに対する印象などをお話いただきました。
<目次>
半世紀近くメキシコの社会経済の発展に貢献
ーJICAメキシコ事務所の事業紹介をお願いします。
坪井所長:JICA(Japan International Cooperation Agency、国際協力機構)メキシコ事務所は1973年に設立し、今年で49周年を迎えます。2023年で50周年となりますが、半世紀近くメキシコの社会経済や人材育成に貢献し続けています。
ラテンアメリカ諸国の中でもメキシコとブラジルの2か国とは繋がりが最も大きいですが、日本とメキシコの交流は400年、外交関係では130年を超えており、友好関係の歴史が長い国の一つです。
またMEXITOWNの読者様も多くいらっしゃるバヒオ地域を中心に、メキシコには1,300社以上の日系企業が進出しており、中南米最大の規模です。50年近い国際協力の歴史を有するJICAとしても、このような両国の絆を強めるための事業を展開しています。
そこで、JICAメキシコの事業の紹介を致します。事業の柱は大きく分けて4つになります。
1.裾野産業の強化
メキシコにおける自動車産業などの発展を支える基盤強化を目指しています。この事業が日系企業とも関係が最も深いところであるといえます。後述にもありますが、現在裾野産業の強化の一つとしてバヒオ地域において自動車産業クラスター振興プロジェクトが進行中です。
2.気候変動対策・防災
日本は2011年3月に発生した東日本大震災など、歴史的にも多くの自然災害を乗り越えて復興を果たしてきた国です。そのため、自然災害に対する対策への経験も豊富です。メキシコも1985年や2017年に発生した地震の記憶も新しく、自然災害の被害が多い国です。そうしたメキシコに対して日本側から専門家を派遣し、観測や防災活動を行っています。こちらにつきましては、後述で詳しくお話いたします。
3.社会的弱者の支援
現在のAMLO政権でも非常に力を入れている政策の一つが、社会的に脆弱で厳しい状況にある人々の生活の質を向上させることです。特にCOVID19以降はそのような立場の方々への影響が大きいといえます。そうした彼らの生活を支えていくための保健医療サービス向上に関する活動も行っています。
4.日墨両国による他国への支援(南南協力)
こちらは読者の皆様には意外と知られていないかもしれませんが、日本がメキシコと協力して、中米諸国など周辺の途上国を支援する南南協力・三角協力(注1)といわれる支援事業です。今後も引き続きメキシコと日本が共同で出来る事業を増やし、協力関係を強化していきたいと考えています。
JICAのプログラムに参加した方を繋いでいきたい
ー大きな4つの事業の柱以外でも、JICAといえば人材交流や育成、青年海外協力隊員派遣の事業が有名です。JICAメキシコにおいてはいかがでしょうか。
坪井所長:勿論人材交流・人材育成がJICAの一つの強みになっています。これまで累計約1万人以上、日本人をメキシコに、またメキシコ人を日本に派遣しています(メキシコ人研修員が約7,500名、専門家・協力隊員が約3,000名)。双方の国で様々なことを学び活動していく中で、メキシコの方は日本のことを、日本の方はメキシコを好きになっていきます。このように、相互の信頼関係を築き上げていくことで、日本とメキシコの友好関係の向上に繋がっていきます。
帰国研修員同窓会からの一枚
例えば、メキシコにいらっしゃる帰国研修員7,500名の方と、彼らが日本人と一緒に仕事をしたい・日本を応援したいという想いがあれば、そうしたお手伝いが出来るように繋がりを大事にしていきたいです。また、国籍問わず、JICAのプログラムに参加した方々とは引き続き貴重なパートナーでいられるよう、JICAからも働きかけが出来たらと思っています。
数々の自然災害から復興した日本のノウハウをメキシコへ
ーJICAメキシコで現在進行中のプロジェクト(自動車産業クラスター振興プロジェクト、メキシコ沿岸部の巨大地震・津波災害の軽減に向けた総合的研究)について、それぞれのプロジェクトの目的、ゴールを教えてください。
坪井所長:進行中のプロジェクトは沢山ありますが、ここでは前述の事業の柱の1. と2. に関連している自動車産業クラスター振興プロジェクトとメキシコ沿岸部の巨大地震・津波災害の軽減に向けた総合的研究を取り上げてお話しします。
自動車産業クラスター振興プロジェクト
自動車クラスター協会と一緒にタイアップし、メキシコの自動車部品のサプライヤー(Tier 2)と日系の自動車関連企業のマッチングを行い、こうしたマッチングの制度が成り立ち継続できるようなプロジェクトを実施中です。メキシコの現地企業が日系企業とつながることで、メキシコの裾野産業の強化や活性化を図ることが目的です。日本からの進出企業にとっても、メキシコでのビジネス環境が向上するような応援をしていきたいと思っています。
また、バヒオ地域の大学や職業技術学校を拠点に10年以上にわたり、人材育成のプロジェクトを継続しています。自動車産業等で働きたい意思を持つメキシコ人の若者を対象に、卒業生が日系企業の現場で活躍し、彼らの生活が潤うだけでなく、日系企業にとっても貴重な人材となるような形を目指しています。
メキシコ沿岸部の巨大地震・津波災害の軽減に向けた総合的研究
前述の柱となる事業でもご説明した通り、日本は地震や津波の観測やノウハウが非常に豊富な国です。そこで、京都大学と、メキシコ国立自治大学(UNAM)が協力し、地震や津波の観測・データの分析の共同プロジェクトを行いました。津波の早期モニタリングや、実際に被害が来た時のことを想定し、地域住民が避難できる仕組み、津波の被害を極力受けないようにするためにはどうしたらよいかなどの教育活動を行いました。
実際に、ゲレロ州・シワタネホ市では市民の方にもご協力いただき、研究だけではなく地域での防災活動を組み合わせて行っています。教材にはマンガを取り入れるなどの工夫も行い、地元の学校や子供たちからは「防災や津波に対しての理解と関心が高まった」との声も聞かれ、日本式の避難訓練も実施されるようになりました。
地震や津波はいつ来るかわからず、防ぎようがありません。いかに被害を抑え、危険を察知したら速やかな避難が行えるよう、観測と備えをしっかり行うことが重要です。1月に発生したトンガの大噴火により、メキシコでも自然災害や津波に対して非常に関心が高まっています。我々としては、3月11日の東日本大震災のメモリアルデーにも合わせて、メキシコの方にもより関心をもってもらうよう引き続き取り組んでまいります。
防災教育の様子と地震観測器の写真。
地震観測器はゲレロ州アカプルコの海に1年沈め、データを取得します
人が動けなくても国内やオンラインで出来る事を進めていく
ー2020年、2021年のCOVID19の影響は御所の事業にどのような影響が出ましたか。オンライン活動などでの成果などがございましたらご紹介ください。
坪井所長:JICAの事業の大部分は「人を動かす」ことによって成り立つ事業が多かったので、非常に影響が大きかったといえます。
両国間の人の往来に制約が出る状況で、メキシコ国内で出来るプロジェクトを進めていきました。COVID19により様々な保健医療サービスの提供がこれまでのように行えないとういニーズをふまえ、医療機材の調達・提供を通じて病院等の医療機関を支える事業を実施中です。一例として、JICAが複数の国で進めている遠隔ICU事業(注2)をメキシコでも実施しております。日本とオンラインで繋げ、メキシコのユカタン州にあるオーラン総合病院、バジャドリド病院で遠隔ICUのシステムを活用し、COVID19を含むの患者の治療が円滑に行えるような設備とサービスを提供する協力です。
また、多くの企業も同じだと思いますが、オンラインで様々な活動が代替できる点に着目し、事業を止めずに継続するようにしました。例えばメキシコ人対象の研修プログラムはこれまで日本へ渡航させていましたが、オンラインで提供することで、メキシコ国内にいながらもそれに参加し、無事に修了していただきました。研修員からは、「オンラインになったことは残念ですが、仕事を辞めずに終了できた」、「質の高いトレーニングを受講できた。将来、日本には絶対行きたい」というポジティブな感想も多く寄せられており、オンライントレーニングの良い部分は今後にも活用していきたいと思います。コロナだから諦める、やめていくことではなく、できる方法をを見つけ継続していくことが重要だと感じました。
JICAメキシコ事務所でも多くのスタッフがホームオフィスとなり、以前と比べて直接顔を合わせることが少なくなりましたが、オンラインも活用してコミュニケーションを密にとりながら業務を行っております。また、日本のJICA本部だけではなく、他の中南米の国にある事務所やスタッフと気軽にミーティングを行うのが通常になりました。オンラインによって、今日こうしてMEXITOWNさんとも空いてる時間でお話しすることが出来るなど、お互いのコミュニケーションのハードルが下がったと実感しています。
メキシコは一番親しみを持っている国
ー坪井所長はCOVID19がメキシコで流行する中での着任となりました。着任からしばらく経ちましたが、メキシコやメキシコ人の印象を教えてください。
坪井所長:COVID19もあり、未だ国内でもあちこちへ行けず、多くの方と直接お会いできていないことが残念です。私はJICAに20年以上前に入りましたが、一番最初に担当した業務がメキシコの研修員を毎年日本で受け入れる「日墨交流計画」(現在は日墨戦略的グローバルパートナーシップ研修計画)でした。日本国内にいながら、毎年50人ものメキシコ人の方々に接することが出来たことが今の自分にとって財産となりました。その気持ちは今も変わっていません。JICAでのスタートをメキシコ人と共に過ごしたという点でとても良い印象を持ち続けています。
これまで中南米諸国での仕事や駐在がありましたが、どこの国でも日本に対するイメージや印象は良いものです。特にその中でもメキシコは日本に対して一番親しみを持っていると感じています。メキシコでは日本を知っている、また関心を持つ方が多く、日本でもメキシコの知名度はメキシコ料理やテキーラなど、広く知られていると思います。今、この記事をご覧いただいている読者の皆様の中にはメキシコでの仕事に苦労されている方は多いと思いますが、個々人の人間関係では良い印象をもっている方も多いのではないでしょうか。
メキシコは国土、資源、人口規模など総合的に開発ポテンシャルがあり、勢いもある国です。今後も、日本人にとって太平洋を挟んだ重要なパートナーであり続けることを確信しています。JICAは支援ではなく、協力(Cooperation)をする組織ですが、メキシコへはその言葉がしっくりきます。文字通り、力を合わせる(協力)パートナーとして一緒に出来ることを探し、進めていきたいです。
ーCOVID19で自由に出張や旅行などが出来ない時期ではありますが、坪井所長が行ってみたいメキシコの場所はどこですか。
坪井所長:いい質問、ありがとうございます(笑)。可能であれば、時間が許す限り全てのメキシコの州に行ってみたいです。ただそれは難しいかもしれないので、グアナファト州などのバヒオ地域には日本の方々も多くJICAとの関係が深いので、なるべく足を運びたいです。
またJICAはメキシコ南東部のユカタン半島やチアパス州等でも事業を実施しており、近々赴く予定です。
日本とメキシコの交流 ー人々の想い・意思に上手く寄り添っていきたい
ーJICAメキシコの今後の事業計画を教えてください。
坪井所長:今後につきまして取り組んでいきたいことを、5つに分けてお話しします。
1.メキシコの社会経済の開発に貢献する人材育成
メキシコの社会や経済を牽引するような人材に対する研修機会の提供や協力を引き続き行っていきたいです。また、JICAは日本国民の皆様からの税金で事業を行っている以上、多くのメキシコ人に知日派、親日派となっていただけるよう、両国の関係を強めるための仕事をしっかりとやっていくことが重要だと考えています。
2.JICAに関わってきた方々や日系移民の方などの人的ネットワークの拡大
これまでJICAに関わっていただいた方を大事にし、繋がりを広げていきたいです。研修員の方々、同窓会組織、元青年海外協力隊員の方など、メキシコ国内のみならず日本でも人的ネットワークを広げていくためのお手伝いをしていきたいと思います。
また、日系社会にも目を向けて輪を広げていきたいです。メキシコの日系社会は中南米でもブラジル、ペルーに次いで3番目に大きい規模といわれています。メキシコ各地に広がる日系コミュニティーに対し、力になれることを探して関わっていきたい。
メキシコは、中南米の中でも、ビジネスやご結婚等で新たに日本から移住される方々が多い国と言えます。また、メキシコから日本へ移住される方もおり、相互に往来が続くのも両国の人的ネットワークが広がり、繋がる可能性を感じさせます。
3.姉妹都市交流の促進
姉妹都市交流もメキシコは他の中南米諸国と比べ、提携都市が多く盛んです。例えば、名古屋市とメキシコシティは今年で45周年を迎えます。すでに名古屋市・メキシコシティとタイアップしながら行う事業の準備もしていますが、その交流をさらに促進させることができればと考えています。他にも埼玉県とメキシコ州、グアナファト州と広島県など、両国の地域同士が繋がっていくことにJICAとしても取り組んでいきたいです。
4.人の往来の再開と活動エリアの拡大
オミクロン株の流行がまだ続いてはいますが、少しずつ両国間の人の往来を再開させていきたいです。また、現在、メキシコ国内でもJICA関係者が活動できるエリアを広げつつあり、今年から来年にかけて、地方部での事業展開を増やしていきたいと考えています。
5.国境を接する中米諸国への協力
メキシコ政府と協力し、我々は中米諸国への協力を行っています。読者の皆様もご承知のように、中米から米国へ向かう移民キャラバンがメキシコ国内でも通過・滞在する状況が継続しています。このような移民発生の原因となる中米諸国の社会経済を支えるための協力と並行して、それでもより良い生活を希望して移民となる方々への人道的な保護が行われるような環境づくりに貢献したいと思います。
最後になりますが、来年2023年にJICAメキシコは50周年を迎えるだけでなく、青年海外協力隊員の最初の派遣から30周年となります。メキシコ国内にいらっしゃる隊員OBOGの方やこれまでJICAと関わりのあった方々と積極的にコミュニケーションを増やしていき、FacebookなどのSNSにも力を入れ、ネットワークを強めていきたいので、皆さまからも気軽にお声がけいただきたいと思っています。
注釈
注1:独立行政法人 国際協力機構:南南・三角協力 https://www.jica.go.jp/activities/schemes/ssc/index.html
注2:独立行政法人 国際協力機構:JICA初!遠隔技術を駆使し、途上国の新型コロナ感染症治療を世界各地でサポート
経歴:
坪井 創(Hajime Tsuboi)
埼玉県出身。筑波大学大学院(日本研究)修了後、民間企業、在ボリビア日本国大使館、勤務を経て、1999年JICA入構。グアテマラ事務所、中南米部、総務部、ボリビア事務所、青年海外協力隊事務局を歴任後、2021年10月よりメキシコ事務所長に着任。
編集後記
読者の皆様の中では、JICAというと「国際協力」「青年海外協力隊員」などのイメージが一番強いかと思います。そうした世の中に知られている事業以外でも特にJICAメキシコでは様々な取り組みをされているということ、また他のラテンアメリカ諸国と比べても日本との結びつきが非常に強く・長い国の一つであるということを改めて認識しました。
自然災害のプロジェクトでは技術提供だけではなく、地元住民への自然災害に対する教育を行うなど、プロジェクトが終了した後もメキシコに何かを残すという、メキシコの将来も見据えたものが多いことが分かります。
2021年10月にJICAメキシコに着任したばかりの坪井所長。MEXITOWNの読者の方を意識され分かりやすくご説明頂き、またJICAメキシコの事業や過去の青年海外協力隊員経験者などと積極的に自ら繋がっていきたい・輪を広げていきたいということをインタビュー中繰り返しお話されていました。それだけメキシコに住む在留邦人の方やメキシコにいる日本人や日系企業と繋がりたいメキシコ人の方の想いに寄り添いたい—そんな気持ちが感じられました。
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